情事の後はさっきまでの勢いが嘘のように穏やかで、俺を抱きしめる腕もどこか力が無い。それとも、俺の体を考えてくれているのか不思議と緩められた腕の隙間から、胸が零れる。
女の体っていうのはなかなか不便なもんだ。特に嫌なのが生理痛だな。あの鈍痛は慣れるものではない、妙な痛みと頭痛、しまいには吐き気まで一緒に手を繋いで走ってくるようなもんだから、慣れたいと願っても慣れやしないのだ。
「ところで古泉よ」
「はい?」
「お前はいつまで人の胸を触ってんだ」
胸のラインをなぞるように、それから時折人差し指と中指で持ち上げては、ふるんと震わせて落とす。何が楽しくて人の胸をほよほよさせているのか。あ、いや、男だから楽しいのか。胸の持ち主でもある俺が自分の胸をほよほよさせたって面白味もなにも無いものなあ。
古泉は喉の奥でふふ、と笑い、俺のうなじに唇を寄せた。ついでに今の体勢も説明しておこう。古泉が俺を背中から抱きかかえている感じだ。前に持ってきた手は、前記したとおり俺の胸に夢中。はい終わり。
「とてもさわり心地がいいです」
「誰が感想を言えと言った」
それにしても、やたら右胸ばかり触ってくるのはどういうことだ。
まるで形を整えるように、なぞっては持ち上げて、落としてはなぞって。震える肉の振動が首まで伝う。
「左胸が少しだけ大きいんですよ」
「え?そうか?」
言われて見下ろしてみれば、まるで見やすくしてくれているかのように両胸を古泉が持ち上げていた。いらんサービスだ。けれど、よく見てみれば確かに。左のほうが、少し大きいような気がせんでもない。
「そりゃ、心臓があるからだろう」
「ああ、そうですね。確かに」
言うなり心臓の部分を探し、そこへ手を当てる。本当に何が楽しいのやら、と考えつつ、止めない自分もどうかと思った。あんまりに嬉しそうに触るもんだから。俺の胸が宝みたいな動作で、優しく触るから。俺もだいぶ、絆されてきたなぁ、と思う。
突然体をぐるりと反転させられて、気づけば古泉の顔が目の前にあった。優しい瞳。俺を安心させる顔だ、と思い、口を開こうとした瞬間、古泉の顔が下りてくる。
「んっ?」
頬を胸に摺り寄せるようにして引っ付いてきた。心臓に耳を押し当てているようにも見える。「古泉?」問いかけると、しばらく俺の胸の中でもぞもぞしていたが、顔を上げてにっこりと微笑む。
「心臓の音。聞きたいんです。聞かせてください」
「はあ?」
まあ別に勝手に聞きゃあいいが。と、放っておけば、古泉はそれきり黙りこんで、息もしてないんじゃないかと思うくらい静かになってしまった。
居心地が悪くて少し身じろぐが、背中をがっちり腕でホールドされていて逃げれそうにもない。
「おい、古泉。動きづらい……、」
古泉の返答は無い。
もしやコイツ寝たのでは、と頬を引っ張ってみれば、案の定無反応。規則正しい寝息が聞こえた。人の心音聞きながら眠るって、幼児かおまえは。それからしばらく頬を引っ張ったり髪の毛を弄くったりしていたが、飽きてやめる。
普段はポジションが逆なものだから、妙に新鮮だった。疲れていたのか、と一人呟いて、古泉の頭を抱きかかえる。呼吸がしづらくったってそれはお前のせいだからな。俺のせいじゃないからな。
「………おやすみ」
間抜けな顔して眠るそいつの額に、俺は唇を落とした。
なれ吠ゆるか/僕のかわいい人
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