「あたしは自分のものを取られたら取り返すわ」

別段珍しくも無い挑戦的な瞳で見つめられて、さてどうしようかと軽く思案してみる。彼女の言葉の裏の裏の裏あたりを探ってみれば答えが出てくるんだろうが、それにわざわざ返答する義理は無い。

「そうですか。涼宮さんらしい理論ですね」

表面上は何も気付いていないそぶりでそう言うと、当然僕の反応もわかっていたんだろう、憮然とした表情を返される。ただしまだ苛立ちの段階までは達していないようだ。こっそりと右手を突っ込んだポケットの携帯は震えていない。

「だからね、古泉くん。例えば、キョンがあたしの楽しみにしていたケーキを食べるとするでしょう」

「はい」

「そしたらあたしは、きっとあいつの腹を掻っ捌いてでもケーキを取り返すんだわ」

「それは、それは」

誇張表現をわざと使用しているのは、僕に対する牽制のつもりなのだろう。
しかもその例えを彼を用いて使っているのだからたちが悪い。

「それで、」

携帯が震えた。しかし、機関からではない。バイブレーションにも種類があるというもので、僕は機関から来るときにはバイブ2、彼から来るときにはバイブ1、涼宮さんからはバイブ3、その他の人からはバイブ4にしている。
バイブ1だ。
さっさと話を終わらせてしまおうと決めて、涼宮さんを見下ろす。彼女は僕より背が低くて、見下されていると言っても差し支えの無い立場にいるのに乳呑児を守る母虎のように強い瞳をするのだ。

「おっしゃりたいことは、何でしょう」

僕の思いがけない、先を急かすような言葉にも涼宮さんは驚かなかった。
多分、僕がさっさと話題を切り上げたいと思っていることに気付いたのだろう。いや、最初から気付いていたか。
僕の演技も下手になってしまったものだ。
涼宮さんが晴れやかな笑顔を浮かべ、ようやく本性を表したわねとでも言うように両手を腰に当てた。

「返してほしいのよ」

「何をですか?」

とぼけるというよりは純粋に彼女の口から「それ」の名前を聞きたかったからゆえの返答だ。
涼宮さんは僕がとぼけていることにも気付いているようで、笑顔を崩さない。

「あたしのものよ。返しなさい」

「はて。僕がいつ、涼宮さんの私物を盗ったでしょうか」

さんざとぼけることにした。

「あら。対象の名前を言わないとわからないほど古泉くんは鈍かったかしら」

「僕にもわからないものはありますよ」

お互い笑顔で応戦しているものの、それは表面上で、水面下では立派な冷戦が繰り広げられている。
涼宮さんもあまり話を長引かせたいとは思っていないのか、僕との応酬を続けるつもりもなく呟いた。

「――わかるでしょう。古泉くん」

ポケットの中の震えが止まった。
なかなかの時間だったから、電話だったのだろう。しかし残念だ、声が聞きたかったのに。彼女が話を長引かせなければ彼と話が出来ていたのに。
舌打ちでもしてやりたい衝動に駆られつつ、僕はせせら笑った。

「わかりませんよ、涼宮さん」

「…………」

涼宮さんの表情が消えると同時に、再び携帯が震えた。バイブ1。
いい加減話を長引かせるのも面倒だったので、僕は「失礼」と一言言って携帯を取り出す。
わざとらしく通話ボリュームを上げてやった。風下に立っている彼女にはよく聞こえるだろう。

『おい、いつになったら帰ってくるんだ?』

「すみません、少し人と話をしていまして。もう帰ります」

『人って……、………………まあ、いいや。早く帰って来いよ。じゃ』

他愛ない会話も終わって、通話ボリュームを下げてから携帯をポケットに入れる。
俯いた涼宮さんの表情は窺えない。

かと思っていると彼女は顔を上げた。新しいおもちゃを買ってもらったばかりなのに、友達に取り上げられた子供のような顔をしている。
――ああ、この例えは、案外的を射ているかもしれないな。

「……返してよ」

涼宮さんがぽつりと呟いたが、僕はそれに笑顔を返しただけだった。いや、それだけじゃないな。絶望の淵に立たされているかのような彼女の顔を覗きこんで、いつもの『古泉一樹』の笑顔を作り上げる。
返すつもりは毛頭無い。だって、最初からあなたのものではなかったのだから。

「僕には、全くわかりません。――すみません、涼宮さん」

彼女の宝石のような目からぽろりと涙がこぼれたのを確認してから、僕は彼女に背を向けた。
こんな応酬をしていたなんて知られたら、怒られるのだろうな。加えて、彼女を泣かせたと言ったらもっと怒られそうだ。最悪、口をきいてもらえなくなるかもしれない。ああ、でも、彼は優しいから、真っ先に僕のことを心配するだろう。そんなことしてお前が消されたらどうする、の一言でも飛ばされるかもしれないな。
でも知ってますか、僕は彼女についてはスペシャリストだ。

彼女はただの、女の子なんですよ。










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