「古泉、性的な意味でお前が好きだぞ」

「光栄ですね。僕も、友情を前提にしたあなたは嫌いですが、恋愛を前提にしたあなたは好きです」

さて、この頭が沸いたとしか考えられない残念な会話の真相を明かすことにしよう。言わずもがな、四月一日、エイプリルフールである。
こういったイベントごとに殊更に意欲を出すハルヒは、可哀想と言ってしまってよいものか、家族と出かける用事があるとやらで団活には出てきていない。
朝比奈さんもなにやら鶴屋さんと買い物に出るらしく、長門も今日はコンピ研に出払っていて、実質この部屋に二人きりだ。そこでどうしてこんな薄ら寒い会話をしようと思ったのか。答えは一つ。
古泉に一泡ふかせてやりたいからである。

こいつはいつもポーカーフェイスでニコニコといらん笑顔を振りまき、その素性を仮面で覆い隠している。どんな言葉を言われても平静をキープして、焦った様子など見せたこともない。どんな発言に弱いのか日々模索した結果、古泉は自分に向けられるプラスの感情に弱いということに気付いた。好意、というものを向けられると、コンマ秒くらいの些細なものだが、こいつは返答が遅れる。つまり、向けられる好意に対して動揺しているということだ。
しかし普段古泉に向かって好意を素直に口に出来るほど俺は柔軟なキャラはしていないし、素面で好きだなんて言おうものなら頭大丈夫ですかと疑われる。
そんな俺にとっての好機がこの、四月一日というものなのだ。始業式もまだの春休み真っ只中、何故俺たちがこうして部室に集っているのか、それはハルヒが新入生歓迎会について議題を提示し、集まっていたからに過ぎない。コンピ研は新作ゲームを企画している真っ最中らしく、ご苦労なことに春休み中も登校というわけだ。
すっかり桜も合間見える頃合になって、俺は古泉にベッタベタに甘い言葉を吐いてみることにした。まあ、性的な意味で、のくだりが甘いかどうかは判断しかねるが。少なくとも俺ならドン引く。古泉がどんな反応をするかと思ったのに、俺は古泉の先ほどの切り返しの速さに苛立ちを隠せなかった。ちっぽけな俺のたくらみも、いとも簡単に見破られていたのだ。

「お前のニコニコしてる笑顔が好きだ。あと、博識でたくさん物事を喋るところも好きだ」

「僕も、あなたのその、何もかもお見通しとでも言うような視線が好きです。涼宮さんに対して乱暴な言葉遣いしているところも惚れ惚れします」

ええい、こうなったら我慢比べだ。どっちが先に値を上げるか。俺は出来る限りの古泉の嫌いなところを提示していく。古泉も体中にさぶいぼが出来そうな寒い言葉をつらつらと吐き出していく。あいつが嘘を言っていることもお見通しだ。

「手足が長いところも好きだ。俺より八センチも高いところも好きだ」

「自分の身を投げ出して人を救うところが本当に素晴らしいです。察しが良すぎるところも尊敬しますね」

うわーうわーもうやめたい俺。投げ出しそう。自分で吹っかけておきながらこいつには勝てないような気がしていた。ふいに視線を古泉の顔に向けると、奴はしきりに腕時計を見つめている。なんだ?腕時計がどうにかしたのか?「その高そうな腕輪をしてるところも大人っぽいし好きだ」本当に憎らしいよ、お前の財政状況どうなってんだ。「あなたにお褒めいただけて天にも昇る気持ちですよ」地味に精神的につらい応酬が続く。
古泉があんまり時計を見るので、俺も気になって携帯電話を確認した。11時59分。ああ、もう昼だな。いつごろからこんなアホな遊びしてたんだっけ。ぼうっと指折り数えていると、古泉がふいに時計から視線をそらして俺を見てきた。

「僕のことを好きなんですね?性的な意味で」

「あー、好きだ。性的な意味で」

アホか。同じことを言わせてどうする。それともついにネタがなくなったか?
よしこの我慢比べ俺の勝ちだ、なんて余計なことを考えつつ、俺は携帯電話を再び見た。12時ジャスト。秒単位まではわからないが、あと少しで1分くらいだろう。時間にあまり興味はないので、すぐにぱたんと閉じてポケットに携帯を突っ込む。それより腹減った。昼だし、長門に連絡入れて今日はもう帰るか、

「って、古泉」

「はい?」

「お前は何をしている」

「何って、」

古泉は椅子から立ち上がり、俺の左横まで移動すると、俺の両頬を掌で挟んで引き寄せるということをしてきた。近い。顔が近い。何って、性交渉ですよ。いとも簡単に言い切ってしまった古泉の言葉を脳の中で処理するまで数秒かかる。はい?お前、どうした?もしかして頭に蛆虫でもわいてたか。

「至って正常ですよ。別に、いいんでしょう?僕のことを性的な意味で好きなのならば」

「おい、今日がエイプリルフールだって知ってんだろ。…あ、これも冗談か?せめて言葉だけに留めとけ。行動に移すのは駄目だ。ルール違反だ」

なんのルールかもわからないがとりあえずまくし立てると、古泉は愉快そうに笑う。整った顔が悪質にゆがめられていくのを眼前で捉えた俺は、吸い込まれそうな瞳に自分の顔が映っているのも確かに見た。
そのままぐいぐいと古泉の顔が近づいてくる。こいつ睫長いな鬱陶しい、と考えながらそれをただじっと見ていた。……。

いや、うそだろ。

てっきり一センチほどギリギリ近くで止めて、嘘です、びっくりしました?なんて言うと思っていたのだ。なのに、俺の唇にやわらかいそれは触れた。男同士でしかも部室でついでに古泉という状況に俺はいったいどんな反応を返せばいいのだろう。というか死にたい。冗談にしてもタチが悪すぎるだろう、と半ば憎しみをこめて睨んでやれば、古泉はそのまま俺のネクタイの結び目に手をかけた。

「、てめ」

「おや。僕のことを性的な意味で好きとおっしゃったのはあなたじゃないですか。今頃ナシだなんてひどいですよ」

「ひどいのはおまえだ。冗談ならもっとライトなものにしとけ」

「冗談?」

古泉は鼻で笑うように俺を見た。なまじ顔が綺麗なだけに、あざ笑うその表情が様になっていて嫌になる。かと思うとそのまま引っ張られてくるりと肩を抱かれ、あれよあれよという間に床に押し倒されていた。ひんやりとした木目が俺の背中を冷やす。

「あなた、ご存知ないんですか?」

「は」

しゅるり、と嫌な音をたててネクタイが引き抜かれたのを認識し、俺ははじめて腕を動かした。引きつったような叫びが喉からこぼれるのも気にせず、古泉の腹を蹴り上げてやろうと膝に力をこめる。しかし、お見通しとばかりに足を割って入られて、ついでに足首と手首をぎゅう、とネクタイで締められた。なにこの手際のよさ!
足りない片方の手と足は、巧みに押さえ込まれる。ぷちぷちとボタンが剥されていくのが非常に嫌だ。「教えてあげましょうか」古泉が優越感に浸ったようななまやさしい声で囁く。それだけでぞわりと肌が粟立った。

「エイプリルフールって、午前中までなんですよ」

「は………!?」

それこそが嘘だろ、と言おうとしたが、妙に自信ありげ、おまけに「なんならインターネットで調べてみます?」と机の上にあるパソコンを指差されてしまえば何もいえない。わかった、わかった。百歩譲ってそのエイプリルフール午前中説は認めるとしてもだな、今の状況だけは認められん。

「なぜですか?午前を過ぎてから言った言葉は嘘じゃないでしょうに」

「俺は嘘のつもりで言った!」

「でも僕は本当のつもりで受け取りました」

なにこの俺がすべて悪いみたいな仕打ち!
そのまま晒された裸の胸に唇を落とされて、なし崩し的に性交渉、ひらたく言うとセックスに持ち込まれようとするのだから俺は本当に気が気じゃない、どころかもう本当に解放してほしいわけで、つまりなんというか、本気っぽい古泉の目で逃げれないことをなんとなく察してしまったわけで、

未知の世界に片足どころか全身突っ込んだのである。







あらぬところが激痛を伴って俺に現実だと囁く。
何一つ幸福でもなんでもないが、血が出なかったことだけは良かった。これでぶちぶちに切れてトイレに行くのも憚られます、という状況になったのならば俺はそこらへんのチンピラに土下座してでもあのボコボコバットを借りて古泉をボッコボコにするつもりではあった。
ピロートークなんかできるような場所ではないし、情事中(ウワアアアア)は隣のコンピ研に声が漏れないようにとひたすら唇を噛んでいたから口の中も外もボロボロで喋る気力も沸かなかったので、俺はそのまま古泉が事後処理(ウワアアアア)をするのを黙ってみていた。見ていたくはなかったがそうするより他にすることがなかったのである。

「僕のこと、好きですか?」

「嫌いに決まってんだろうがこの野郎!」

出来る限りの力を持って言い切ってやると、古泉は苦笑しながらもこう言った。ここから始まる恋もありますよね。――あってたまるか!






それから月日を重ね、紆余曲折の果てに俺たちがどうなったのかはあえてここには明記しないでおく。
…この表現ですべてを悟っていただければ甚だ幸いである。










20080406/ここから始まる恋もある
(ねーよ)