随分滑稽に固まるものだなと自分自身で笑ってしまった。人間、予測できない出来事に遭遇すると一瞬異常の隙ができる。おかしな表現をする、と笑われそうだが今の俺には咄嗟にそんな言葉しか浮かんでこなかったのだ。後でじっくり考えることにする。
さて俺の目の前にはやっぱり二枚目ニヤケモテ顔、モデルが着ているような服を着て町を練り歩けば数人が振り返ってメールアドレスをくれそうな、そんな人生得した顔が珍しく無表情で存在しているわけだが。どういうわけか、俺は見つめられている。
一般ピープル限りない普通をモットーとしている俺には、こんな顔のいいやつに見つめられたところでモテオーラが分け与えられるわけでもなし、比べられるほどの技量や顔を持っているわけでもなし。なあ俺は一体なぜ見つめられている?

「古泉、お前自分が言った言葉をちゃんと頭で理解しているか」

「ええ、しています。あなたが思っている以上にずっと冷静にね」

そうか。じゃあ俺は今どのくらい興奮しているのだろうな。
お前が冷静なのだとしたら、あのハイテンションと理不尽の塊のハルヒだって冷静だって言い切れるぜ俺は。

「なあ古泉、お前、好きな人がいるって言ってなかったか」

「言いました。きちんと3日前、あなたにね。そしてあなたのアドバイスどおりに真正面から見つめて目をそらさずに一字一句違わず自分の心を伝えた、ところです」

「…相手を間違えていやしないか」

待て、待て待て俺の思考。古泉の言葉を理解しようぜ。
古泉は今、何て言った?いや、言葉自体、文自体には何も異変や間違いは無かったはずだ。ただ、その対象がおかしかっただけ。もう1度言おう。俺は一般ピープル、普通をモットーとする人間で、SOS団で数少ない常識人でもある。そんな俺と古泉をイコールで結ぶ項目があるのだとすれば、それは男というものだ。俺=古泉、男=男。うん、これが正しい。
最近では同性愛がどうのこうの偏見を持たれることに遺憾甚だしいだのどうのこうのでメディアやエッセイとかで騒がれているが、俺には無縁のものだと思っていた。だって俺は一般――(略)。

「僕はあなたに“好きな人はあなたではない”と言った覚えなどありませんが」

「………そうかよ」

いちいち考えを要する答えを向けてくる古泉に、俺は溜息をつきかねん勢いで息を吸い込んだ。古泉が男色だったなんて驚きだ。不思議と嫌悪感やそういった類のものは無い。というかそれ以前に、こいつはきっと変態または変人だろうと思っていたからだ。それに男色がプラスされたところで、今更俺に大きく驚く理由は無い。
詰め寄るように1歩踏み出した古泉に、つられるように俺は一歩、それに加えて半歩後ずさった。俺の背後は見慣れた電柱、逃れるスペースはあっても威圧、ってもんだろうか。古泉にそんなスキルがあったなんて驚きだが、それに圧されて左右に逃げることができなかった。

「逃げないでください」

「どうせなら逃げたほうがなんぼかましだ」

「じゃあ、逃げてください」

「はっ?」――逃げていいのかよ。それならお言葉に甘えて、と俺は体を横にずらす。と同時に伸びてきた古泉の腕によって引き戻され、今度は電柱に背を預けるなんて間抜けな図面よりさらに間抜けに、古泉の腕の中へと連れ込まれた。
てめえ何しやがる、と声を荒げて言うことができたのなら俺はそれをしたのだろう。けれど、なんて滑稽なことか。俺は、こともあろうに、固まってしまったのだ。急にされた抱擁なんかに、抱擁ごときに、途端に衝撃音を聞きつけて死んだふりをしたどこかの動物みたいに、ピタリと動きを止めて。

「逃げないでほしいと、思っています。けれど、あなたには逃げてほしいとも、思っている」

「………なんだそれは」

完璧な矛盾じゃないか、と指摘すれば、全くもってその通りです、と返される。
ならば離せと小さく呟けば、俺を抱きしめる腕はさらに力を増した。どういうことだこの矛盾。誰か俺に説明してくれ、わかりづらくてもいいから。今の俺には他人から言葉をもらったほうがなんぼかましだ。

「何故僕は傍観者じゃなかったんでしょうね」

「知るか。お前は俺に答えを与えてほしいのか」

「あるいは、そうかもしれません―――」

急に引き離され、驚く暇もなく俺は肩を竦める。かと思えばその肩に両手を置かれ、またもやハンサムな顔が近づいてきた。ぐぐいっと目の前に色素のやや薄い瞳が迫り、離せ、と呟こうとした俺の唇に吐息がかかる。ハルヒと古泉どちらとならキスをしてもいいか――聞かれて、そりゃ当たり前に女子のハルヒだろうといいたかったところだが、この瞬間俺は、こいつでもいいんじゃないかと思ってしまった。とんだ怪奇だ。

「……僕はあなたが好きだからキスをします。これは、決定事項です」

「、」

俺が拒否の言葉、もしくは肯定の言葉を漏らす直前に唇に当たったいつかの柔らかい何かに、俺はやっぱり嫌悪感を覚えることはなく、俺はほとほと困りきったのだった。










fjord/息継ぎなど必要なかった