「あなたが女の子だったら何か変わったんでしょうか」

言い出したのは制御型超能力者の古泉である。
こいつが突然話の前後関係無しに意味の無い話題を振ってくることは別段珍しいことではなく、寧ろそういうことが多かったので俺はたいして驚くこともなく聞き返した。

「そりゃ、どういう意味だ」

夕日の差し込む部室には俺と古泉しかいない。女性陣はとっくのとうに帰ったのだが、俺たちは今もこうしてオセロなんかをやっている。鍵当番を仰せ付かった理由だ。オセロの延長戦――なんて、白々しいにも程がある理由。
長門は絶対に気付いているという自信があるが、ハルヒはどうだろうな。朝比奈さんなら確実に気付いていないという自信がある。
古泉はほぼ形だけになってしまったオセロ対戦も必死でやっているらしく、俺とは違って盤をしっかり見つめながら愉快そうに笑った。

「言葉通りの意味ですよ。あなたが女の子だったら、この世界ももう少し変わっていたのかな、と思いまして」

真剣にやってるかと思えば全くそんなことは無かったらしい、肩をすくめて白い面をテーブルの上に置く古泉に、俺は咎めることなく視線を送る。
どちらにせよオセロに集中するつもりはハルヒたちが帰ってからさらさらなくなってしまったので、やってもやらなくてもどっちでもいい。

「例えば、どんな風にだ?」

「そうですね……、SOS団が結成されることが無かったかもしれません」

「それはないだろう」

即座に否定を入れた俺に、古泉は苦笑をもって答えた。俺は間違ったことを言ったつもりは無い。俺には、かすかな自信すらあった。俺が例え性別が違おうとも、ハルヒと関わることは決定事項だったのだと。どちらにせよ苗字は変わらなかっただろうから席も近かったに違いないし、俺が変に興味を持って話しかけることも変わらなかったに違いない。

「他にないのか」

「…僕がハーレム状態になっていたとか」

「………」

俺の冷めた視線に気付いたのか、古泉が冗談ですよと言って笑う。まあ、お前の気持ちもわからんでもない。俺が女だったら、SOS団の中で男はお前だけになってしまうからな。しかも、俺を除いて他の奴らは眉目秀麗ときたもんだ。ハーレムにも程があるだろうよ。どこのエロゲだ。

「何度も言いますけど、あなたの顔、僕は好きですよ」

「お前は恐らくB専なんだ。あまりそういうことを言ってくれるな」

「またそう言って、」

苦笑を浮かべる古泉に厳しく訂正を入れてやった。すっかりオセロは中断し、俺たちは向かい合って応酬を交わしている。

「あなた、自分を過小評価しすぎです」

「俺はいつだってありのままの評価をしているつもりだが」

第一自分の顔を見て「俺カッコイイ!」なんて言うような痛い奴は御免だろう。ふとした好奇心で、俺は自分のことを「俺カッコイイ!」と言っている姿を想像した。本気で吐き気がした。
やっぱり嫌だな。しかし古泉だと微妙に憎めない仕様になってしまうんだから世の中ってのはやりきれない。最近巷で見かけるチャラ男というのも皆こんな感じなのだろうか。よかった古泉がチャラ男じゃなくて。
変なことに安心している俺をどう思ったのかは知らないが、古泉は小さく息をひとつ吐いて、次のように言った。

「とにかく、あなたが女の子だったら、色々変わったでしょうねえ……」

「すごい適当にまとめたな」

「ふふ」

古泉は思い出したかのようにオセロを開始する。そんなところに置くから俺に負けるのだということをいつになったらこいつは学習するんだろう。特進のクラスの奴らはもしや勉強が出来てゲームができないような奴らばかりなんだろうか。まさか。頭脳派だろ。
そう思いながら俺は角を取る。これで四つ角を取った。ここまでして俺が負けるというのはさすがに考えられないので、俺は腕を組んでパイプ椅子に背を預ける。正直やる気がなくなった。
古泉は次の手を考えているかのように盤を見つめたまま、かたちのいい唇を震わせる。

「僕たちは堂々と付き合って、所謂バカップルになっていたかもしれません」

「実に絵にならないな」

「帰り道に手を繋いだりして」

「周りの人間に見せ付けて?」

「進学しても仲はいいままで」

「学内で有名になって」

「しまいには結婚するかも」

「子供もできたりして?」

「それは、」

古泉がぴたりと動きを止めた。
残りのマスはもう二つ。どこに置いてもあいつの敗戦は免れない。
古泉は泣きそうな顔をしたが、俺の指先が古泉の指先に触れたのを見て、しあわせそうなそれにかえる。

「それは、幸せな未来ですね」

仮想世界の話だけどな。
負けを悟った古泉が、ありがとうございました、と言ってかるく頭を下げる。それを合図に、俺たちは片付けを始める。いつもと何一つ変わらない放課後。差し込む西日はひどくあたたかくて、俺の心もなんだかあたたかいものになってしまって、気の迷いみたいな感じだが、とにかく優しい気持ちになった。
俺たちの間にあるものは誰かに認められるようなものではないけれど。こんな、たとえ話で現実を見せ付けられているような、悲しい関係だけれども。なにかをかたちにして残せるようなつがいでもないけれど。
それでも。
しあわせでありたいと思う。認めれなくても。

(俺は、しあわせだよ、古泉)

だから、古泉の肩が震えていたのは、見なかったふりだ。










20080502/あたたかな夢の話
(古泉も幸せ)