こんなときに思うのもなんだが、神様ってやつは存外慈悲深いと思うんだ。
と言う思考に辿り着くにも、それなりの理由があってだな。経緯は割愛させていただくが、今の状態を見てそれとなく察していただければ甚だ幸いである――という言い回しで通用するとは思えないので、端折りながらも説明させていただく。いただくの使用が多いな。
とりあえず、今の状況を軽く一言で表せば、カタカナ四文字のアダルト的なアレの最中だ。別に漢字二文字でも構わない。カタカナ三文字でもいえるな。答えあわせをしよう、最初からセックス、性交、エッチ。だ。言っていて寒いしこんな表現を口にするのもなんだか生々しくていやなのだが、これはさすがに表現をごまかすことはできない。他に何があったか。にゃんにゃんとかか(これは言っていて俺が耐えられない)。
まあとにかくソレの最中なのだが、残念なことに、まあ何を残念と受け取るのかは自由だが、俺の立場は下である。それは階級的な意味の下ではなく、ポジション的な意味の下だ。そうだ。下にいるのだ。ここで改めて事実の確認をさせていただくが、俺の性別は男である。れっきとした男。ハイ確認終わり。
別に騎乗位とかそんなちょっと激しい道に突っ込んだわけではない。そりゃ何回かやったことはあるが、あーさっきのは忘れてくれ、とにかく、女の子を上に乗せていい感じのことをしているわけではない。純粋に俺が下で、非常に言いづらいが、女の子の役割をしているというわけだ。
とことん遠まわしな言い方ばかりをしてすまない。それだけ俺の羞恥心が働いているのだと察していただければありがたい。ここまで言えば吹っ切れたから一言で表現できるが、今はセックスの最中で、俺は男に突っ込まれて喘いでいる、ということだ。言葉にすると本当に残念な感じになるな。

「ぅあ、」

ずん、と奥に押し込まれて、変な声が出た。喘ぎか唸りか判断がつけにくい声だ。ただし、その後くすぐるように中で軽く角度を変えられたので、ひねった腰に痺れが走る。
上からぱたぱたと落ちてきた汗が、頬に触れて滑っていった。反射で口を閉じる。唇に流れて、ぴったり閉じた隙間から、じんわり塩の味がした。飲んでくれないんですか、と子供みたいな抗議を漏らす目の前の奴を睨み、おとなしく口をあけて飲む。飲む、と言っても唾液と混ざって飲んでいる気がしない。
目の前のそいつ、まあつまりは俺の中に突っ込んでいる、これまた可哀想な役回りなのだが、そいつの名前は言わなくてもいいか。だめか。えー、古泉である。口にすると本当に楽になるが、俺は今古泉に抱かれていた。抱かれるとかいう表現も本当に寒い。
俺が口を開けたのを見計らったように、古泉の舌が入り込んできた、と思う。生温い、妙にやわらかくてナマコみたいな感触のするそれが、ずるりずるりと歯列をなぞってのどのほうまでやってきた。器用な動きをするそれが、ぎりぎり、喉の奥まで当たらないところで止まって、残念そうに出て行く。そりゃあ、限界があるからな。ぴったりとくっついていた唇は圧し潰れて、ほんの少し痛かった。
ぴちゃ、と音がして、ついてた唇も離れていく。粘りのある唾液が谷をつくって、とろり、なんて擬音が似合うように落ちていった。うあ、汚ねえ。顎を伝って、喉まで。喉から滑り落ちて、鎖骨に溜まった。

「ひ」

短い声が上がる。唇の次は、唾液と汗が溜まった鎖骨に。骨の上を保護する皮膚に、やわく噛み付かれた。痛いような、むずがゆいような、言っちまえば気持ちいいのだが、いまいち気持ちいいとは言い切れない奇妙な感覚に、また短い声が上がる。

「っ………、く、あ」

声を抑えようとしているつもりはないのだが、最後の理性かプライドが、俺のひっくい声を抑えようと、声帯と喉を酷使させていた。ふふ、と古泉が笑う。笑う理由など思いつかないのだが、お前は何故笑っているんだ、と問いかけるような言葉も出てこないくらい、声が、息が、震えていた。

「いい、こえ……」

薄ら寒いことを耳元で言うな気色悪い。第一、いい声のお前にそんなことを言われても嫌味にしか取れんわ。相も変わらず、そう心の中で罵って、また飛び出てくる嬌声を抑えた。きょうせい。言葉にすると、恥ずかしい響きだ。

「っ!うあ」

古泉の指が、後ろに触れる。昨日切ったばかりらしい、切りそろえられた爪先と、つるつるとした指先が、じわじわとそこに。既に指以上にでかいもんが入っている、のに。多分俺の汗、と、古泉の唾液と、俺の先走り、そんで古泉の体液とかそんなんで、多少どころかえらく濡れていたらしいが、とにかくそこに古泉のあれに加えて、指が押し込まれた。上がる声。痛い。のに、気持ちいい。
普段は出すもんを出す器官だというのに、そこに入れるんだから、奇妙な話だ。ぐぐ、と中に入り込んだあれと、その縁を広げるように指が、ぐぐぐ、ぐぐぐ、と押し込まれていく。

「った……い、いたい、こいずみ………」

「もう、ちょっと………」

何が、もうちょっと、だ、ばかものめ。
張り詰めて、今にも出そうな膨張したそれが、狭い管の中を行き来するんだ。気持ち悪さと、圧迫感と、快楽がない交ぜになって、とにかく声を上げることしかできなかった。指で管を広げようとしているのか、ただ意地悪をしているのか、とにかくそこから空気が入り込んで、くちくちといやな音を立てる。卑猥で、淫靡で、とにかくやらしい音だと思う。
慣れた場所を突かれると、ひん!とひときわ高い声が上がった。普段の俺を知っている奴らがこれを聞いたら、何の冗談だと思うだろう。かくいう目の前のこいつも、普段の俺を知っている。そうだ。一緒にいる。俺の声を、低いところから高いところまで、知り尽くしているただひとりだ。

「や……、ばい。も、う」

「はい……」

うわごとのように口にした俺の言葉に、古泉が返事をした。返事、ととってもいいものか。もしかすると、同意だったのかもしれない。それも返事のうちに入るかな。とにかく、出そうだった。出て、出して、終わらせたかった。と言うか、既にもう一回は出してんだ。古泉が、張り詰めたそれを入れる前に。苦しい。腰が重たい。なのに、まだもうちょっと、やりたい。
そうだ、やりたいんだ。今更本題に戻るが、主題は何だったかな。神様の慈悲深さについてだったかな。そうだ。なんてったって、神様は慈悲深いんだ。

「ひ、ひ、んっ………」

ぐり、と指先でとんでもないところを押されて声が上がる。
とにかく、旧約でも新約でも構わないが、聖書を見てると思わないか。神様って奴は尊大で、身勝手な奴だと。これは別に宗教を冒涜しているわけではなく、俺一個人の勝手な感想なので気にしないでいただきたい。ただ、たとえばこんなとき、神様とやらは随分慈悲深いんだということに気付いたりするんだ。
くるりと指が中をなで、先ほど古泉のあれが突いた場所に的確に触れてくる。ひゅ、と息を吸い込む途中、かん高い声が上がった。「あああっ」喉の奥が焼けるような痛みを覚えて、かくんと首を目いっぱい反らす。
古泉の歯ががちんと喉仏に当たった。突き刺さって、血が出てもおかしくないくらいの勢いで、当たり前に俺は痛かったというのに、喉からこぼれたのは甘ったるい声だった。そのままぺたんとぶつかった平らな胸同士が、いやに熱く脈打つ。
濡れない、部分が。排泄器官しか持っていない男が。男に抱かれて、感じてるっていうこの状態が。よくよく考えてみると、それってすげえだろう。女同士ならどうかはわからないが、どちらにせよ、生殖を伴わない性交が、できるんだ。俺も、古泉も。まだ世間からすれば認められないこの行為が、できるんだよ。その状態が。

「ぁあ、っ……こいず…」

「はっ、……ぁ」

それって、すげえことだろう。
俗に言う前立腺とかも、最近ではマッサージとかで使われてるらしいが、そんなもんほとんど、セックスのためにあるようなもんだろう。
ようは神様がその慈悲深さでもって、男同士でもできるように、感じられるように作ってくれたとか、そんな考えしちゃだめか。
ぬちぬちと相変わらず中で蠢くソレが、突く。からっぽの臓器しか奥にはないというのに。感じる部分に触れるから、俺の喉から声が出る。涙出てきた。訂正、乾いていたはずの涙がまた出てきた。だ。

「ひぁ、も、だめ、だめだ」

「、く、も……」

僕も、と言ったつもりなんだろう。恐ろしく気の抜けたいい声で、鼓膜が震えた。そのついでに肩がびくんと震え、その振動でいいところにもう一回触れ、がくんと体が強張った。腹の上が濡れる。べたべたの体液が腹を、臍を経由して、横に流れていった。断続的に吐き出されるそれが恐らく出尽くした後、ほんのしばらくして、腹の中が濡らされた。
倒れこんできた古泉の腹に、流れきらなかった体液がべちゃりと音を立てて触れる。なんつう、音だ。青臭い匂いが鼻腔をくすぐる。ずるずる、ぬちゅぬちゅ、そんな音を立てながら古泉がまたゆっくり体を起こした。

「抜き、…ます」

「………おう」

また感じてしまわないように、抜かれる瞬間歯を食いしばる。ずるずると出て行ったソレが縁を引っ掛けたとき、小さく声が漏れた。煽らないでくださいと上から降ってきた理不尽な要求に、俺は思い切り眉を吊り上げる。

「煽って、ねえ」

「うそ、ばっか…り……」

うそじゃねえ。
ごろりと転がった俺の横に転び、古泉は腕を回してきた。むき出しの腹、濡れたままのそこにためらいもなく触れられるお前はいっそ気持ち悪いよ。ここで汚ねえから触んな、と言ったら、あなたの出したものなんですから汚くないですとか言うのは目に見えているので黙っておく。
ふいに頭の中に浮かんだのは、ひまわりみたいにわらう女の顔だった。神様とイコールというわけではないが、ほぼそれに等しいあの女も、もしかすると慈悲深いのだろうか。俺と古泉がこうしていることを、あいつは知らない。でもなんとなく、察していてもおかしくは無いと思う。触れる温かい指先に、俺も触れた。そのまま指に唇を落とす。まだ独特の匂いがついたままの指は、それでも古泉の匂いがした。
どうしたんです、と背中からかけられる声に曖昧に首を振り、ぴったりとくっつく古泉の胸元に背を預ける。髪の毛が首筋に当たって、多分振り返ったらそこには古泉の鎖骨があって。そして見上げれば、古泉の驚いた顔が見れるんだろう。
頭の中に浮かぶ女に心の中で謝る。ごめんな。罪悪感がないわけじゃない。だけど、それ以上に強い気持ちがある。ごめんな。謝ったところでこの声があいつに届くわけじゃないとわかっているけれど。
ぺたぺたの体を愛おしげに触れる古泉に向き直り、向き直った勢いのまま唇をぶつける。どこらへんに当たったのか、やわらかくは無い感触だったから、顎とかそんなのだろう。どうしたんですか、と問いかけられる前に唇に焦点を定めて、もう一度。言葉もなく入り込んできた舌に自分のそれを絡めた。泣いてもいいか。別に嫌だとか気持ち悪いとかそういったマイナス的感情ではなく。幸せとか、嬉しいとか、そんな薄ら寒い言葉が似合う状態なんだよ。今の俺の心情は。
こいずみ。こいずみ、こいずみ、ととち狂ったみたいに名前を呼ぶ俺の頬を撫でて、古泉は舌先で俺の上顎に触れた。温かい。やわらかい。ついには涙が出てきた俺をどう思ったのかはわからないが、古泉はまるで神様みたいな慈悲深さでもって、俺をそっと抱きしめた。離れた唇が糸を引いて頬に張り付くのを、どこか他人事みたいに見ていた。

ああ、こんなところを見た神様は、いったいどんな顔をするんだろうな。










20080706/慈悲の深さについて