オレは日々思うわけです。世界は薄汚れていると。そんななかで異色を放つこの子供が、その薄汚れた世界で褪せずにきれいに輝いている。それって結構おかしなことだ。
オレから見ればこの子供は、誰よりも穢れているのが妥当なはずなんだ。目の前で親父さんが死んで、そんでよみがえらせて再び自分の手で殺す。そんで、髪の毛が白くなるくらいショックを受けたくせに、笑ってる。計り知れない恐怖の元帥の下で3年しごかれてきたってのにスレてない。ある一部の賭博でたまーに黒い部分を発揮させるけど。
「ラビ、いってきます」
「ん、ああ。いってらっさーい。気をつけてな」
「はい」
それじゃ、と言って背を向ける小さな背中を見つめつつ、やっぱおかしいよなぁ、と世界に問いかける。
ごくたまに、考えることだってあるのだ。あの子はもしかしたら、世界を何よりも憎んでるんじゃないかと。白い笑顔のその奥で、誰にも見せられないような、グチャグチャのドロドロの、相当激しい発禁ものレベルで世界を憎んで、憎んで、憎んで、壊そうとしてるんじゃないかって。
世界を、ひいては人間を助けたいだなんて甘っちょろいこと言ってたから、余計オレにはその考えが頭を巡って離れない。そうやって、世界を助けたいなんて思っている半面で、消えてしまえばいいと願っているんじゃないのか?そうじゃ、ないのか?
「………あー、疲れるさ」
「なにがですか?」
「うおっ!なんでここにいるんさ、」
「なんか、急に事件があったとかで、僕の出発もちょっと遅れるようで」
まるで当たり前だとでも言うように俺の隣に座った(いや勿論座ってくれるのは全然かまわないわけだけども)子供を、まじまじと見つめてみる。出発前のこいつは呆れるほどに綺麗だ。身なりを整えるのは英国紳士のたしなみとかなんとか、親父さんから教わったんだろうか。でも旅芸人って言ってたよな。そこまでたしなみ云々をきちんとしてはいないよな。
「遅れるんか。よかったじゃんさー」
「よくないですよ。この間にもアクマが誰かを殺しているかもしれないんですよ」
「……………」
「僕、待ち時間の間に軽く間食でもとりますね」
席を立ったアレンはジュリーの元へと小走りで駆けていった。あいつやっぱ、おかしいよな。なんであそこまで、そう、まるで、仕組まれたみたいに、人を大切にするんだろう?逆に不自然だとオレは思うわけだよ。
左斜め前にぽつんと置いていたコーヒーを今更喉に流し込む。ホットだったはずなのに。もうすっかり冷めて、なんだか口の中に塊が残ったような、変な感触。そうこうしているうちに、アレンが戻ってくる。手には白いカップが2つ。
「はい」
「…オレの?」
「ええ。多分、冷めてるんじゃないかと思って」
「………サンキュー。気ぃきくな、アレン」
そうですか?と首を傾けた子供に、オレは馬鹿みたいに泣きたくなった。
お前は、人間が好きだと言った。だから助けたいんだって。その半面で、アクマのことも、ちゃんと大切だと思っているんだろう?どうか安らかにと、馬鹿のひとつ覚えみたいに、ずっと安眠を願い続けているんだろう?だったら、そんなアクマを自分の手で壊すことは、どれだけの覚悟と思いがいるっていうんだ。
俺たちはアクマに対してそこまで愛情やそこまで気持ちなんて持ち合わせていない。あるのはただ“壊せ”だ。そんな俺たちの輪から少し離れたところで、お前はどうして両手をあわせ続けるんだ。
「ラビ。冷めないうちに飲んでくださいね」
返事も曖昧に、オレはそっぽを向いた。これ以上こいつを見てたら笑いながら泣いてしまいそうだったからだ。こいつは、馬鹿だ。正真正銘の馬鹿で、それでオレも馬鹿だ。それでいいじゃないか。
世界を救いつつ大切なものに手をかけるアレンの心情なんて、オレは一生わからないだろう。それでいい。アレンの気持ちなんて、わからないでいいんだ。アレンはオレよりずっと大人で、甘っちょろい思考の裏で初老のように物事を割り切っている。もう悲しいさよならだって耐えられるんだ。こいつは、耐えてきたんだ。祈りの傍らでさようならを唱える、大切だから殺す、そうやって切り捨てていかなければならない世界の中心に今立っているのだと、ひどく思い知らされた気がした。
不在証明/さよならの出来る子ども
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