付き合う、という言葉を辞書で引いてみたところ、互いに行き来して親しく交わる、特に恋人として親しく交わる、あるいは交際する、という意味が一番上に書かれていた。もちろんその下には、義理や交際、社交場の必要などから人と行動を共にする、などや、モノや物事と親しく関わりあう、という意味も書かれていたが、僕が望んでいたものは一番上の、やっぱり、ソレだろう。
世間一般で知られている恋人とは少しばかり種類が違うかもしれないが、確実に僕たちは恋人同士だと、思う。僕の独りよがりではないと信じたい。
まあそれは置いておく。主題は恋人について考えることではない。僕が言いたいのは、例え付き合っていて、恋人として親しく交わっていたとしても、わからないことは多いということだ。
前を歩く彼の、僕より数センチ低い頭を見ながら同じ歩幅で歩く。最近はシャンプーを変えたようで、後ろを歩く僕にはその匂いがはっきりわかる。妹さんと同じものでも使っているのか、ほんの少し甘い匂い。触って撫でて髪を梳きたいなあ、なんて思っていると、ふいに視界が翳った。
「……う」
思わず呟いて立ち止まる。同じように彼も立ち止まり、振り返る。小さな頭がこちらを向いて、不思議そうに丸められた瞳が僕の顔を見たらしい、が、咄嗟に目を手で押さえた僕にはそれが一瞬しか見えなかった。
痛い。
ちくちくと、地味に痛む目をこすって、息を吸い込む。驚くと呼吸が止まってしまうのはどうしてなのだろう。目の中に何かが入ったのだと気付いたのは擦ってからで、目の中にゴミが入ったときに擦るとゴミで眼球が傷つくからしちゃいけない云々の話を思い出したのは、既に遅い話だった。
「何だ」
彼が僕に問いかける。不思議と少し慌てていた心が落ち着いて、一拍呼吸を置いた後、僕は「目にゴミが入りました」と素直に口にした。
彼は大げさに、大丈夫かだとか、どうしたんだよだとか、取り乱したように心配したりはしない。けれど、きちんと心配はしてくれる。目を擦っていた僕の手首を掴み、ぐいと遠慮なしに横に引いた。目を押さえていた手がなくなったため、僕のぼやけた視界には彼の顔が映る。
(……あ)
「アホ、こするな」
彼からの忠告を聞きながら、彼の顔の近さに、驚いたり喜んだりしていた。あまり近くで見ることのない綺麗な瞳が僕を見ている。僕の目はどうでもいいけれど、彼の瞳が傷つくのは嫌だなとか、そんなことを考えながら、数回瞬きをした。
(うわ)
どきどきする。心拍数は急上昇に違いない。彼のまなざしは綺麗で、瞳だって綺麗で、眼球の白い部分は多少青みがかかっていて、まるで宝石みたいだと思う。
胡乱げに細められた瞳を舐めたら甘いかなあと、妙に不埒なことを考えて、また瞬きをひとつ。
(近い、)
恐らくは僕の目は真っ赤になっているだろう。力いっぱい擦ってしまった。
彼の表情は怒っているようで、いや、何かを考えているようで、僕も思わず黙り込む。てっきりすぐに目を洗って来いだとか、そんなことを言われると思っていたので、頭の中にはそれ専用の返し言葉しか用意できていなかったためだ。
「………」
じい、という擬音がつきそうなほど、彼が僕の目を見る。もうだいぶ目の表面に浮かんでいた水は引いたけれど、その突き刺さるような視線が恥ずかしくて、目を隠してしまいたい。ただ、それはいまだ手首を掴んだままの彼の手があるため、実行は出来ない。したくない、せっかく彼が触れてくれているというのに。
ああでも、これだけ近かったらキスしたいなあ、と考えながら、心の中で彼に謝罪した。異常なほどにそういったことに照れる彼だから、僕がそんなことを考えているというだけで恥ずかしいに違いない。できるだけ表情に出さないよう頬の緩みを押さえていると、ふいに彼が俯く。次いで溜息。
「……?」
どうしたんですか、と問いかけようとしたら、彼が顔を上げた。その表情はまさに呆れそのもので、思わず息を吸い込む。目を擦ったことがそんなに呆れられることだったなんて、今度から気をつけよう、そう自分の心に深く刻み込んでいると、
「普通、するだろ」
彼の一言。
「……あ、」
え、だって。
だって、そんなことしたら、あなたは、と頭の中では言いたいことがたくさんあるのだけれど。
「……してよかったんですか」
少しどころか激しくもったいないことをしてしまった気がして、肩を落とす。じゃあ気を取り直してしましょうかなんて言ったら怒られるに違いない。
ほら、目を洗いに行くぞ、と言いながら背中を向けた彼に手を伸ばしかけて、思わず引っ込めた。
……本当に、わからないことだらけだなあ。
原作は流架さん(狂気なリンゴ)の漫画です。
キョンのノリがよくわかってない古泉のお話です。
悶絶したくなる古キョンはそちらですので是非!是非!
20080929/難解な彼
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