どうして、どうして、どうしてあたしが、このあたしが選んであげると言っているのに、どうしてあんたはあたしを見ないの。

「あ、」

 どうしてあたしを見てくれないの。どうしてあたしのことを求めてくれないの。指先で掴んだスカートに皺が寄って、掴む指先はだんだんと痺れてきて、痛くて、痛くて、仕方が無くて。痛いわ。痛くて、悲しい。

「あ、あたし、」

 口から出る言葉は、あたしの意思なんてまるで無視みたいに、ころころと、ぽとぽとと落ちていった。聞かないでほしい、あたしの汚い欲望なんて、あたしの醜い遠吠えだって、もう何もかも、聞かないで、ああそうかいって、いっつもみたいに流して欲しいのに。
 どうしてあんたはこんなときばかり、そうやって呆れた目であたしを見るの、どうして止めてくれないの。あたしは、あたしは、あたしは。

「あたしがっ、」

 ぎりぎりとかみ締めた奥歯が痛かった。
 あたしを見てと、全身が叫んでいるのに、心はひたすら見られたくなくて、縮こまってしまいたい。あんたに見つめられることが嫌いではないのに、今ばかりは見ないで欲しい。どこかに行かないで。嘘。どこにも行かないで。あたしを置いていかないで。

「…選んであげっ……るっていっ、言って、ん、のに、」

 声がまともに出ないときになってようやく、あたしは自分が泣いていることに気付いた。あんたはあたしを見て、そうやって呆れた顔をするのね。どうしてあたしが、あたしが、あたしが!選んであげるって、言ってるのに。こんなこと、滅多に言わないのに。出血大サービスなんて目じゃないわ、一生に一度、あるかないかくらいの、貴重で貴重で、とにかく貴重なものなのよ。
 なのにあんたはそうやって、いらないって、顔するの。

「……な、」

 どうして笑ってくれないの。

「……何よ、何よ、…何よっ……!」

 ぼろぼろと、頬を流れていく涙が、気持ち悪い。
 ねえ、どうしてあたしが泣かなきゃいけないの。どうして?そんなの、あんまりにも簡単で、簡単すぎて、泣きたくなる。あんたが選んでくれないから、こんなにも悲しいのよ。あんたが、あんたがそうやって、あたしを選んでくれない、その事実が、心臓が縮み上がるくらいに痛くて、寂しくて、たまらないことだって、どうしてあんたは気付いてくれないの。気付こうともしてくれないの?

「う」

 ぐ、と喉がつっかえて、次いで、ひ、と引きつるような呼気が漏れた。
 あたしは力が抜けるに従って、その場にしゃがみこんで、両目を押さえる。あたしのちっぽけな手なんかじゃ、目を隠すことくらいしかできなくて、あたしのこの体を隠してくれるものなんかどこにもなくて、あんたにこの姿を見られていると思うとしにたくなる。ああどうしてあんたは。あんたは、いつだって、自分の意思で動くのよね。あたしの意思なんて関係なし。あたしの意見に流されないで、いつだって、あんたはあんたの考えで。

「ばか、…ばか、」

 あたしのやりたいことを、いつだって、あんたなりに見てくれて、時には支えてくれて、時には窘めてくれて、傍にいてくれたわよね。

「――あんたなんか、きらい」

 嘘。うそ。本当は、ほんとうは大好きで、好きだとか、口には出来ない思いが心の中に溜まってばかりで、口からは本音を裏返したものしか出てこなくて、その情けなさにも涙が出る。

「きらい」

 すき。

「きらい、」

 だいすき。

「消えちゃえ」

 そばにいて。

「ばか、消えっ、ちゃ、え……」


 だいすき。ずっとあたしの傍にいて。



 ひくり、小さくしゃくりあげる。視界は真っ暗で、時折指の隙間からこぼれる光が眩しかった。
 どうしてか、こんなにも胸は苦しくて仕方ないのに、寂しくて仕方ないのに、キョンが笑ってくれた気がして。ひゃく、と喉が震える。

「……消えないな、俺」

 今までずっと黙っていたキョンの、低くて優しい声がした。
 あたしが想像していたような、冷めてぶっきらぼうな声音なんかじゃなくて、ずっとずっと優しくて、あたしを安心させてくれるそれ。
 消える、はずが、ないでしょう。あたしが、あたしが消えろって言うだけで、あんたが消えるはずがない。独裁者スイッチなんてここには無いのよ。それに何より、あたしは、あたしが、あんたに消えろと望むことはないから、だから。

「……お前が消えろって言っても、消えない」

 そろりと目元から手を放して、キョンを見上げようと、震える筋肉を酷使して顔を上げた。
 それと同時に視界に映りこんだ白と黒に、思わず喉が震える。へ、と間の抜けた声が漏れた。
 首周りと背中を包み込む温かさ、鼻先にあたるやわらかい体温に、それがキョンの体だと、腕だと、気付くことができなくて、こぼれる涙を目で追いかけた。視線を下げて、視界に飛び込んだネクタイの色にくらくらする。どうしてあんたの腕はこんなに大きいのか、あたしはただ不思議で、あんたの優しいその声はどうしてそんなに温かいのか、どうしてあたしはこんなにも胸が締め付けられる思いでいるのか、どうしてあんたがあたしを抱きしめて、そうして、耳元で、優しい声で。

「いてほしいって、思って」

 あたしに囁いてくれるのか、

「くれてたんだよな」

 ……ただただ、不思議で。

 あたし、あんたが好きよ、と、その一言すら言えないあたしを、あんたはそうやって許してくれるのね。
 こんなにも小さくてちっぽけで弱いあたしを、受け入れて、抱きしめてくれるのね。
 きっとあたしは、独裁者スイッチをこの手中に収めても、あんたは消さないんでしょう。沸点が低いし、あんたの言葉はあたしを逆撫でするけれど、それでもあたしの心は、あたしのほんとうの気持ちは、あんたを求めてやまないから、だから、だから。
 こんなあたしを受け入れてくれるあんたが、泣きたいくらいいとしくて、だから。

「……消えなくて、良かった」

(すきよ)

 あたしは、あんたに会えて、本当に良かった。








原作は流架さん(狂気なリンゴ)の漫画です。
ハルヒとキョン、心は正直はお話です。
ぷにってしたくなるようなかわいいキョンハルは是非流架さんちで!是非!


20080929/The heart is honest