おおよそ普通の精神状態であれば、好意を持つ相手に殺意を抱いたりはしない。例えば発作的にそういった感情を抱いてしまう持病を持っているだとか、相手がこちらをひどく侮辱したため怒り心頭で、というパターンであればまだ納得は出来るものの、おあいにくと俺はそんな大仰な持病を持っているわけではなく、また話し相手が特別俺を侮辱するような話し方をしてきたというわけでもない。
 しかし今の俺が考えていることはただ一つ。師ね死ね市ね、ということだけだ。誤字は仕様である。とにかく頭の中を埋め尽くすのはあのやろうしね、という物騒な言葉である。普段の俺ならばこんなこと考えたりなんかしない。寧ろそんな考えをする奴には命の尊さというものを教え込んで二度とそんな発言しないようにと説き伏せてやるだろうさ。
 だというのにも関わらず、俺を支配するのはただひたすらしねこのやろう、という負の感情。言葉にせずとも目線やらオーラやらで伝わっているのではなかろうか。いや寧ろ伝わっていればいい。伝わって、そして俺のこの負の感情をその身で感じとって、自分のやらかした出来事に多大なる罪悪感を感じ、猛省するがいい。ていうか今すぐしろ。

「困りましたね」

 困ったのはどっちだと思ってんだ。十割俺だ。今の発言で俺の殺意は膨れ上がったのだが、目の前のこいつは気付いているのか気付いていないのか、いや、十中八九気付いているがあえて気付かないふりをしている、に違いない。
 俺の神経を逆撫でするスペシャリストこと古泉一樹は、俺の目の前で両肩をすくめて小さく息を吐いた。その一見間抜けな姿を睨みつけるものの、怖じる様子は少しも見せない。
 ところでそろそろ疑問を持たれそうな、『何故俺が口にしてこいつを罵らないのか?』ということに関してだが、あまり口にするのが憚られるのでかなり遠まわしになってしまった。結果的にこの状況を説明しなければ先に進めないだろうことを理解していながらも、ここまで引き伸ばしにしてしまったのは俺の最後のプライドが働いたためだろう。
 簡潔に言えば、俺は古泉に向かって口を開けない状況にあるということだ。物理的に口をガムテープか何かで覆われているとか、風邪を引いて喉がやられているとか、そういうことじゃない。精神的という問題でもないが、声を出してはいけないと、なんとなく本能で察しているからだ。それに何より、こんな恰好で凄んでも怖さのかけらも感じない、ということも俺が喋らない原因の一端を担っている。
 こんな恰好――とは、端的に言えば、自分の急所を両手で握り、両足を折り曲げて必死に体を隠している、という恰好だ。

「いい加減諦めればいいものを。あなたって、変なところで頑固ですよね」

 変なところという部分を具体的に説明して欲しい。こんなときに頑固にならずいつ頑固になれと言うのだ。下半身事情をお前に預けてしまおうなんて今まで生きてきた中で一度たりとも考えたことはない。これから先もその予定は無い。
 古泉は活きの良い魚を見つけた漁師みたいな顔をして、

「たった一言でいいんですよ。本当にそれだけなんです。ほら、言えないんなら一緒に言ってあげますよ」

 ふざけるな。と、できれば右手を強く握り締めてその綺麗なツラに一発叩き込んでやりたかったが、今はどちらかの手でも放してしまえばえらいことになりそうだということが想像できるのでしない。えらいこと、についての詳細は省かせていただきたい。

「だって、もうそんなに張ってるのに」

 やかましい。と、できれば以下略。俺が何も口にすることができず、必死に呼気を抑えてこの熱をなんとかしようとしているのに、古泉は温度など知らないと言わんばかりに涼やかに笑っている。それが憎らしくて仕方ない。
 さて、一般的な目から見て、この程度で怒るなんてえ、と思われる方がいるだろうか。いや、いないはずだ。俺と同じ立場に立てば大激怒するに違いない。普通怒るだろうが。
 媚薬を盛られて、擦り合わせましょう、なんて言われたら。



 入れるか入れないか、の選択を迫られれば何も言わず入れないを選択する。語尾にかぶさる勢いで言ってやるさ。だから、媚薬を盛られてあれよあれよと挿入以下略なんてことになれば俺は大激怒を通り越して悟りを開くかもしれん。が、入れなければいいというわけではない。いやむしろ、何もしないで欲しい。何もしないのが平和的で良いのだが、所謂お付き合いをしている状態で何もするなというのは酷なんだろうよ。
 それでもどうしてもしたいというのならば、ゴム手袋を着用して手で擦ってやろうではないか。それじゃあ妥協できないのか。何が不満だというのだ。これ以上俺は妥協できん、という状況を一週間ほど続けた結果がこれだよ。

「っ、……ぅ、……」

 出来るだけ声にはしないように、唇をかみ締める。どうしても呼吸をする際に口からこぼれ出てしまうものが喘ぎだとは認めたくない。唸りだと認識して欲しい。口を大きく開けば痛々しい声が飛び出てしまうこと必須だったため、口を開くこともできない、まともに呼吸もできないで、目の表面が潤んでくる。

「僕もね、あなたが苦しむ姿なんて見たくないんです」

 しゃあしゃあと言い放った古泉に頭突きを食らわしてやるべきかと思ったが、体が弛緩してそれどころじゃなかった。ふらふらする。瞬きをすれば眦から涙がこぼれていきそうで、こいつの前で泣くものかという妙な意地がぎりぎり理性を引き止める。
 体が弛緩していると言っても、性器の根元を握り締める手だけは力を抜かなかった。抜いてたまるか。手を放した瞬間、少しの刺激で出してしまう自信がそこにあったため、いっそ痛いくらいに力をこめる。

「もう少し薬を多めにしたら良かったんでしょうか」

 言いながら、古泉が手を伸ばしてきた。おい触るな、とかすれた声で忠告をしたにも関わらず、今何か言いましたかと言わんばかりの涼しい顔で先端を触られて、両肩が跳ね上がる。自分とは違う体温と、意識せずに触れられることの唐突さに、体が予想以上の反応をした。ふよふよと浮かび上がるような感覚のまま、体の痙攣を抑えることができず背中から倒れる。許さないとでも言うように腕を引っ張られて、勢い余って古泉の胸板にぶつかった。さらにその勢い余って倒れそうになり、また古泉に引っ張られて中途半端な体勢で動きが止まる。
 少しの衝撃で弛緩した体は解け、根元を戒めていた手も離れた。おしまいだな俺、と目を細めるとほぼ同時に、頭の中が真っ白になる。びくびくと体が激しく痙攣して、足先がベッドを蹴り、爪はシーツを引っかいた。
 下腹がびちゃりと濡れて、不快感に苛まれる。言葉に出来ない気持ち悪さを解消したくて、胸元と腹を左手で引っかいた。

「あ、すごいですね、薬って」

 声が聞こえるたびその音波が肌の上を震わせるようで、それすらもぞくぞくして苦しい。耳を押さえて体を丸める。局部に触れっぱなしの古泉は、どうやら一度出したくせに萎えていないらしいそれを二、三回ほど指先で引っかくと、自分の服を着崩し始めた。
 嫌な予感しかしない。これが夢ならそろそろ覚めるとこだろ。いっそ覚めて夢精とかいう展開でも俺は構わないから、とにかくこの状況をどうにかしてくれ。

「…う、あ、……ぅんん……!」

 ぐっと奥歯を噛み締めても、漏れるもんは漏れる。口元を押さえようとしたら、古泉に手首をぐいと引かれた。導かれる先が何であるのかということを考えたくなくて視線をそらすが、指先に触れたものの温度と硬度、その他諸々に否応でも気付かされる。

「おま、それは、」

 それはねーよ、と批判すべく口を開いたが、次の展開に俺は口を開くどころか目を見開かざるをえなかった。導かれ、掴まされ、いっそ握りつぶしてやろうかと思った矢先、古泉の体がぐっと近づいてきて、あろうことか俺の局部にぶつかってきたのだ。それ即ち、俺の手が俺のアレに触れるということなのだが。いやまあそりゃ何度も触ったことはあるし構わんのだが、この先の展開が読めてしまって動くことが出来ない。
 変態変態と常々思ってはいたが、さすがにここまでだとは思っていなかった。俺が甘かった、そこは反省したいと思う。だが、これからすることを許容するとまでは言っとらん。ただちに体をどけろ、と言いたいものの、目の前の光景に少なからず体が反応してしまって、自分自身信じられないのだが、その言葉を発することができない。

「辛いですよね」

 わかります、とでも続きそうな口調のわりに、声だけは至極楽しそうで苛立ちを隠しきれない。誰でもいいからここに鈍器を持ってきてくれお願いだから。
 古泉は俺の手を自分のソレから離すと(何故握らせたのかと声を大にして、いややっぱり恥ずかしいから小声で問いたい)、徐に俺のものを掌で包み込み、古泉自身のとくっつけ、ぎゅっと握りこんだ。

「っ、!は、う、わ、……ぃ、」

 あまりのことに言葉が出ない。過敏になっているそこにはあまりに強すぎる刺激だと、はっきりと理解して、離すべきだと判断した。古泉の肩を押そうと腕を伸ばすと、力の抜けた腰を引っ張られて擦れ上がる。悲鳴みたいな声が出て、古泉が喉で笑った。
 悪趣味だ。悪趣味すぎる。いったいどこでこんな情報仕入れたんだ。その情報源はやはりそこに置いてあるパソコンなのか。機関に提出する書類を作ってるだかなんだか知らんが、これが終わったら速攻割ってやる、という思考が、固まりきらずばらばらに散る。
 気持ち悪い。気持ち良い。ぷかぷかする。体が重い。助けを求めるようにどこかに伸ばした腕が、古泉の首に引っかかってぐっと距離が近づいた。ほとんどぶつかり合うように唇が触れて、舌を入れているわけでもないのに唾液がだらだらと顎を伝っていく。

「こい、こ、ぃず、っ」

 撫でるように背筋を指先で辿られて、ぞくぞくした。とめどない先走りと古泉のが混ざり合って、とんでもない量の液体が太ももや下腹部を濡らしていく。頭の中がチカチカして、考えていることがどんどんむちゃくちゃになっていって、もうだめだ、と思ったら体中が痙攣していた。
 古泉の手と俺の腹を白く汚したそれが何なのかなんて考えたくも無い。いや、考えなくてもわかるんだが。ただ、古泉はまだ元気だし、俺のほうも薬が切れないままで、もう早速硬度を取り戻している。若すぎるだろ、いやいや、薬が強すぎるだろ。もう疲れすぎて眠い。
 力が入らなくて、ぐらりと傾いた体を古泉が支えた。温かい、が、かすかに濡れた感触がする。背中が汚れたと理解した瞬間、気にすることは諦めた。ついてしまったものは仕方ない。
 反り返った部分をぶつけ合うように二度三度と当てられ、くびれたそこに古泉の先端が押し当てられて、もうわけがわからんがとにかく熱かった。伝った体液が後ろのほうまで流れていく。後ろに欲しいとか、一瞬でも思ったなんて口が裂けても絶対に言わん。

「いや……、いやだ、いや…」

 わけのわからない拒絶を繰り返し、そのくせ古泉の胸に縋った。任せきりで楽かと思われるかもしれないが、実際こっちのが辛い。どこに次はどうくるのか、何も予測がつかなくて、ただ悲鳴みたいな声ばかりを上げるしかないのだから。
 ねちこく擦られていっそ痛いくらいだ。どくどく脈打っているのが異常なほどに体に伝わる。古泉の手を払いのけ、背中からベッドに倒れてしまいたかったが、古泉の次の行動がなんとなく予想できてしまいそうだったから根性で体を支え続けた。

「あ、いやだ、ぁ、ぁ、あ……」

 また出る、と言う暇もなくとぷりと白い液体が漏れ出て、数秒遅れてやっと古泉も白濁を吐き出した。でたらめな呼吸を浅く繰り返し、犬みたいに舌を出して何度も何度も酸素を吸い込む。こういうときって、鼻から吸って口から出すのが一番良かったんだったか。そんなことを実践している余裕すらない。
 薬のせいとはいえ、こんなにも、しかも何度も出してしまったことが情けなくて、まだ余韻に震える体が憎らしく思えた。はーっ、はーっ、と口から喘息みたいに漏れ出る呼吸を聞きつけた古泉が、静かに俺の背中を撫でる。そういう思いやりがあるなら、最初から薬なんか盛らなきゃよかったんだ。
 心臓と、下腹でまだ触れ合っているそれがどくどくしているのがまだ感じられて、恥ずかしくて体を放した。ねとりとでも擬音のつきそうな糸が一瞬繋がったものの、すぐ落ちる。

「もう一回、どうですか」

「ふざけ、」

 るな、と続けることもできない。しかし察しのいい古泉は、俺の言いたいことが正確に伝わったようで、そうは言いますがね、と呟いて俺の体を押してきた。
 力の抜けた体が、意思とは正反対にベッドに沈んでいく。これはよくない展開だ。解るのだが、力が入らない。呼吸が整ってくるタイミングを見計らって起き上がろうと思ったが、縫い付けるように肩口を押さえ込まれて起き上がるのは不可能となった。

「第一ね、元はと言えばあなたが悪いんですよ」

 俺が弱っているときに責任追及とは、随分嫌な奴だな、と思いながら目を細める。古泉曰く、俺がひたすら入れるな入れるなと拒み続けたからこんな暴挙に出てしまったのだとのことだが、お前は入れる側のポジションに立っているからそんなことが言えるのだ。受け入れる側の苦悩や負担なんて考えちゃいない。いや、全責任を古泉に押し付けるわけではない。そりゃ、こんなになるまで我慢させた俺も悪いと思うさ。けどな、普通は話し合いで解決するってもんだろう。薬まで盛られて結局こんなことをされちまって、俺はもう仏の顔で見逃すことはできんぞ。
 古泉は俺の言葉を受け、最初こそ不服そうに眉を顰めたものの、これ以上のことを俺の同意なしでやれば本格的に関係破棄になるとようやく悟ったのだろう、しぶしぶと言った様子で了承した。
 いや、誤解させないように言っておくが、俺だって古泉のことは好きだ。そりゃこんなことをされても嫌いになれないくらいには。だが、一度拒んだものをもう一度許可するのはそれなりに勇気がいるってもんだ。第一やりたくない気持ちも勿論本物なのだし。
 じゃあせめてキスを、と言って顔を近づけてきた古泉に、それだけは許可してやることにした。タイミングを計りかねる。だいたい八割くらいは嫌なのだが、入れるのを許可してやってもいいかと思うくらいにはほだされかけているのだ。ただ、古泉が強引に出てくる手段は封じた。ならば次は、古泉がアプローチをかけてくるのを待つか、俺が許可を下ろすかのどちらかだ。
 じゃあお風呂に入りましょうか、と言って俺の手をとった古泉を見て、俺は曖昧な表情を浮かべる。何かを古泉に言わなきゃいけない気がして、結局何も言えず、小さな声でばーか、と呟いた。










20081122/禁じられた遊び