何かが違う、ということに気付いたのはそう日が経過したわけでもないある日のことだった。
 唐突に、思った。繋ぐ掌から感じる汗ばんだ気配と、指先に絡むぬくもりの、そのあまりの平坦さに。通じ合わない何かがそこに隔たりをつくっているのだと気付けた。どうしてだろう、と思う間もなく、ああこれは想いがそもそも通じ合っていないからだと理解して、繋いでいた手を解いた。



「なんだ、結局別れたの」

 弁当の隅に収まっているおにぎりをわざわざ崩しながら言う国木田に、ああうん、と頷けば、ああそう、といたって平坦な声音で言われた。
 もう少しリアクションがあるかと思っていた予想を裏切られて頬を膨らませば、まあ予想できてたことだし、と国木田が呟く。予想できていたとな。国木田に先読みの能力が備わっていることなど知らなかったと茶化せば、意地の悪い笑顔が俺を見る。

「キョンさあ、正直あの人のこと、好きかどうか解ってなかったでしょ」

 おにぎりを崩していた箸がふいと上向き、俺の鼻あたりに突き出された。人に向かって箸を突き出してはいけません、と言わんばかりに箸で横にずらすと、十分これも行儀が悪いよとたしなめられる。
 国木田の言うことが間違っていた、なんてことはなく、そのままその通り、真実だった。付き合ってくれないか、と言われたから、まあ断る理由もないし、付き合ううちに好きになるかもしれないと思い承諾しただけだ。実は私も、なんて展開に俺が走るわけがない。

「だけど相手の男は浮き足立ってて、テンションの差が見てて激しくて笑えたなあ。絶対長続きしないよって思ってた」

「ふぅん。そんなに解りやすかったか?」

「まあ、少なくとも僕には」

 そして結果は国木田の予想通り、二週間で破局というわけだが。
 二週間は続いたというところは褒めて欲しいと思わないでもない。確かに相手のテンションの高さにはついていけなかった自覚がある。やれデートしようだの、やれ手を繋ごうだの、やれキスしようだの、さすがにキスは断ったが、先に先にと進みたがる相手に辟易したものだ。
 弁当のポテトサラダを口に含み、咀嚼しながら考える。まああのままズルズルと続けるよりはスパッと別れたほうが、相手のためにもなったよな。うん。半ば言い聞かせるような口調で。だから別れた。これでいい。

「俺のことはまあいいんだよ。国木田はどうなんだ」

「僕?」

「何組だったか忘れたけど、告白されて付き合ってるって聞いたんだが」

 国木田は女みたいな容姿をしていて、目はでかいし背はそこまででかくないし物腰穏やかで、一見そこまで男としての魅力があるとは思えないのだが、年上や同い年、果ては年下まで、様々な年層に人気がある。何が一番の魅力かと聞かれたら、優しいところなんだろうな。優しそうだから、とか、かわいいから、とか、そういう話をよく小耳に挟む。全く外見に騙されすぎである。

「別れた。そんなに好きになれなかったし、面白くなかったし」

 ほれ見ろ、優しい物腰や顔つきを裏切るかのように、言動はなかなか歯に衣着せぬものなのだ。だいたいはこのギャップに驚く。さばさばした性格、と言えばいいのだろうか。俺としては付き合いやすくて良いのだが、本当の意味で付き合うぶんには辛いのかもしれないな。特に、国木田に優しさを求めてきた女性からすれば。

「へえ。どんだけ続いたんだ?今回は」

 卵焼きを解きながら問いかけると、国木田は覚えてない、と言い切った。俺よりひどいな。ここまでギャップが激しいと、ギャップ萌え、とかになりそうな気もするんだが、あまりにひどいからそうでもないのか?まあ少なくとも俺にギャップ萌え属性(自分で言っておきながらなんだそれは)は無いから別にどうでもいいんだが。
 シーチキンの入っている卵焼きをひょいぱく口に含んでいると、国木田がふいに俺を見た。女としてこの瞳の大きさやあどけなさは羨ましいと思わないでもないが、男の国木田からするとその顔は嫌……じゃあないだろうな。それを武器にしてるしな。

「なんだ?」

 きちんと口の中で咀嚼が終わってから口を開く。箸をかちかちと上下させた国木田は、結構頻繁に考えてるんだけどさあ、と珍しく先の読めない前置きをして、明日の天気を口にするように、あっさりと言った。

「いっそ、僕たちが付き合えばいいんじゃないの?僕のこういう性格、キョンは普通に受け入れてくれてるし、僕だってキョンと一緒にいるのが一番楽しいしさ」

「はあ?嫌だ」

 間を置かず返答すると、ここにきてようやく国木田が表情を崩した。何がいやなの、と問いかけられ、弁当に蓋をしながら答える。

「付き合うっつったらさ、なんかどうにも『別れる』っていうのが前提みたいに思えちまうんだよな。俺は国木田と付き合って、別れるとかは嫌だぞ。だったら友達のままでいいじゃねえか」

「………」

 ぽかぁんと間延びした効果音が似合いそうな表情をした国木田に、なんだよ、と問いかける。それに対し、国木田はゆるく首を横に振る。何か言いたいんなら言えよ、と不機嫌に呟けば、国木田はへらへらとしまりのない笑顔を浮かべた。何だその古泉みたいなツラ。

「キョンってさあ」

「うん?」

 弁当を包み終え、鞄の中にしまい、購買で買ってきたゼリーの蓋を剥がして顔を上げた。国木田はエビフライの尻尾までがりがりと食べて、外を見る。窓際の席っていうのは結構いいな。温かい風が入り込んで、頬を撫でた。

「キョンって、結構僕のこと好きだよね」

「そりゃあなあ。そう言うお前も、俺のこと結構好きだろ」

「うん、そりゃあね」

 残りの、出しまき卵と思しきそれを一口で平らげた国木田は、箸をしまって蓋を閉めて、チャック式の弁当入れに戻し、傍らに置いてあった茶を飲む。それから、俺が食べているゼリーを指差し、それ、ひとくち頂戴、と呟いた。俺はスプーンにひとすくいしたゼリーを国木田の口元に運ぶ。ああ結構すっぱいね、ああそりゃレモンゼリーだから。そんな他愛も無い会話を交わして、同じタイミングで笑った。











20081122/すきについて