右手首を捻った。
どこでどう捻ったのかと問いかけられても思い出せない、少し前のこと。前は少し動かしただけでひりひりと痛んだけれど、今はそうでもない。
2・3回手首を回してみた。3回目、大きく回したあたりでずきんと痛みが走ったが、それ以外は特に鈍い痛みも無い。それにしてもよくメンバーに気づかれずここまで隠しきれたわけだ。
少しだけ嬉しくなって、肩をぶんぶんと振り回してみた。誰もいない部室では自分が王様のような気分で嬉しい。手首が時折つきんと痛んだけれど喜びのほうが勝ってセナは笑った。



「…おい、なんか腕振り回しながら笑ってんぞ…」

薄ら部室のドアを開けるとそんな珍妙なセナの姿。
思わずドアを閉め、気配を消して少し後ろでドアが開くのを待っていた黒木と戸叶にぽつりと呟く。
互いに顔を合わせて「ハァ?」と呟いたが、十文字の言うがままにドアを薄ら開いて中を覗き込めば本当にセナが笑いながら腕を振り回していた。

「奇妙な図だな…」

「沸いたかな…」

あらゆる感情を通り越して心配までしてしまった3人の視線の先で、セナは相も変わらず腕を振り回し続けている。
そっとドアを閉めた3人は、セナが自主的に外へ出るまで待つことにした。頭でも打ったのだろうか、悲しいことでもあったのだろうかと口々に言い合う中、そういえば、と十文字が口を開く。

「あいつ、手首治ったんだな」

「…あ、そういえば」

その発言に頷いてから、黒木がドアをそっと見る。

「いつからだっけか?」

「確か、1週間くらい前だろ」

「…凄ぇよな、ヒル魔の奴」

「ああ、練習来て服着替え始めたセナ見て気づいてんだぜ」

…事の起こりは1週間前。
セナが手首を捻って、それを隠して練習に来た日。本人はその手首の痛みを隠していたようだが、なにものよりも洞察力の鋭いあの悪魔は数秒でそれを見抜いた。
セナがアイシールドを被り外に出た後で、ライン組を呼び寄せて言ったのだ。あいつ手怪我してやがる、と。
本人がなぜか隠したがっているようだし、処置もきちんとしているらしいからわざわざ言うことでもない、そのかわりになるべくフォローしてやれと言って彼は何事も無かったかのようにグランドに出た。
ライン組からぶわりと話は広がり、唯一大丈夫か聞きに行こうと言い出したまもり以外は皆口を閉じることにした。
そのかわり、怪我が治るまでは極力腕に負担をかけないようにしようと決めたのだ。

「あいつ、気づいてっかな」

「あの様子だと気づいてないんじゃね?」

ずっと立っていることに疲れたのか、鞄の中からジャンプを取り出して戸叶がぽつりと呟く。
まあそうだよな、と返して黒木もジャンプを覗き込んだ。「十文字とかよく活躍したよな」ノートを書いてやったり、掃除を変わってやったり。ここ1週間の功績を口にすればするほど自分達の努力が掘り起こされる。
十文字はちらりと顔を上げてドアを盗み見た。ほんとにあいつは、愛されてんな。