なぜそうなったのかは覚えていないけど、携帯番号とメールアドレスをお互い交換していた。 アメフトで初心者ではないにしろ、まともな部活といった類のものは何ひとつ未経験なのだ。そういうことに対しても、なんでも、気軽に連絡してね、と言っていたあの笑顔を思い出す。けれど正直、そこまでフレンドリーな関係でもなんでもない。せめてもう一度正面から向き合って話すことができたら、多少は、打ち解けることもできるはずなのに。 歯がゆい、と思う。 新聞配達をしながら、ほぼ無意識に石段を見る。あの、黒くてつんつんの髪の毛に大きな瞳を探す。けれど、目に映るのは灰色の石だけで、人影すらない。 今までは平気だったはずの寒さが、急に体全体を抜けていくようだった。ぶるる、と震えてペースを上げる。風邪でも引いただろうか、早く帰らなければ。けれど、風邪特有の症状は一切あらわれなかった。 「…お前、恋でもしてんの?」 高梨が呟いた言葉に理解できず、鯉?と真っ先に頭の中にあの魚を思い浮かべる。勘違いしているのがわかったらしく、そっちの鯉じゃねーぞぉ、とからかうような声で言われた。 アメフト雑誌から視線を上げて、高梨の意地の悪そうな笑顔を見つめる。鯉じゃない。こい?故意、こい、濃い…ああ、恋。え? 「こ、い?」 ようやく変換できた漢字に高梨は随分と満足そうだった。ひっきりなしに捲って見つめていたアメフト雑誌を取り上げて、アイシールド21こと小早川セナ、と書かれたページを見る。ふーん、と言いながらすぐに返してきた。 ぱたんと雑誌を閉じて、そういえば今は昼食の時間だったと思い出す。のそのそ鞄から弁当箱を取り出して広げていると、止めていた言葉を再び高梨が口にした。 「うん、恋恋。だって最近よくため息とか考え事とかしてるしさ。なに、気になる子でもできた?」 「まさか」 即否定しておきながら、まさか。そうもう一度自分に言い聞かせる。 まさか。恋だったら、なんか駄目じゃないのか。もしこの感情が恋なのならば、おかしいんじゃないのか。あの小柄な彼に、恋い慕うなど。うんやっぱりありえない。 「ありえないって」 「うん?」 口から出ていた言葉に慌てて訂正を入れながら、高梨を追いやる。早めにご飯を口の中に押し込んで、まだ噛み切れていないまま弁当を片付け、逃げるように屋上へ向かった。 ついてくる高梨を必死にまきながら、まだ頭の中ではありえないって、と否定を繰り返した。 落ち着いた後、ゆっくり深呼吸をする。 考えることで疲れた頭をどうするか考えて、どうしようもないので寝ることにした。 授業開始まではあと数分だけれど、そのくらいでも十分だろう。予鈴で起きることができる。ころりと寝転がって、そして寝ようとして手の中に何か握っていることに気づいた。 アメフト雑誌だ。無意識のうちに持ってきていたらしい。寝転がったままくしゃくしゃの雑誌を広げ、折込をいれていたページを開く。アイシールド21、小早川セナ。光速のランニングバック――、こんなすごい人間と、戦ったのだ。 「…」 ころりと体の向きを変えてうつぶせになり、雑誌を見つめる。インタビューは残念ながら無し。これが悪魔の司令塔と称される彼の仕業だとはまだ知らない。 記者のコメント欄を見ながら、む、と眉を寄せた。『進清十郎といいライバルに――』何に対していらだったのかはわからないけど、確かにいらついた。 ぱさ、と雑誌を閉じる。そして放り投げる。いいタイミングで屋上のドアを開けた高梨に雑誌がクリーンヒットし、「うおっ」驚いた顔の高梨を見て不意にまた、声が甦った。 『恋でもしてんの?』 |