『気温14度、天候は雨。朝から傘を必要とする程度の雨が続くでしょう。今日一日は傘を持って行動してください。それでは次のニュース………』
「……洗濯物が乾かないなぁ」
軒下から曇天の空を見上げ、新八は小さく呟いた。
朝のニュースどおり、見事雨。雨の連続。数日続く恐れがある、と言っていたから、きっと明日も雨だろう。雲間から零れる光すら見えない。
昨日と打って変わっての天候に、計画がめちゃくちゃになってしまった。大掃除がてらしまっていた服を全て洗濯し、今日中に乾かせる予定だったのに。
万事屋の仕事は今日は休みだし、やることも全く無い。仕方なく大団扇を取り出し洗濯物を扇いでみたはいいが、こんなスローペースでは乾く様子は見られなかった。
ぱたぱたと、屋根を伝って雨粒が落ちる。縁側には特に集中的に雨が降り、廊下をぬらした。早く戸を閉めなければ、と思いながらも体は怠惰に塗れて動けない。正しく言えば、動かない。雨が降っていると、どうしてか動くことがひどく億劫になってしまうのだ。
ずれた眼鏡を掛けなおし、ぼうっと外を眺めた。起きていることすら面倒で、こてんと床に倒れこむ。こんな姿姉に見られたらみっともない、と怒られるだろう。けれど今は誰もいない状況だ、何をしたって怒られはしない。
ジリリリリ………、
静かに雨の音に耳を傾けていた新八は、ふと聞こえた電話の音にぱちりと閉じかけていた目を開いた。
ゆっくり体を起こし、一瞬空を見上げる。どうしてか、今電話向こうに誰がいるのかなんとなくわかってしまった。何が自分をそう思わせたのかはわからないが、確実に。あのひと、だ。
黒電話に片手を伸ばして受話器を持ち上げた。「…はい」短い声を呟くとほぼ同時に、遮るような低い声。
『雨だねィ』
知らず笑顔が浮かんで、新八は焦ったように表情を正した。
やっぱり、あっていた。電話ごと持ち上げ、床に置く。自分も体をこてんと横たえると行儀悪い格好のまま電話を続けた。「雨ですね」薄く笑んだまま返すと、電話向こうで彼も笑う。
『久しぶりっていうところか』
「そうですね………2週間ぶりですか?」
『今日は巡回予定だったけど、生憎の雨で中止でさァ』
「中止と言う名のサボリですよね」
『………そーいう言い方もありましたねェ』
まるで自分の耳元に息が吹きかけられたようでくすぐったい。
空を見上げれば、確かにこれは外を出歩くこともままならないような土砂降り。電話を取るたった数秒の間でこうも天候が変化するものなのか、と一種の感嘆すら覚えた。
「お元気ですか?」
『声でわかれィ』
「……元気ですね、愚問でした」
からかっているのか本気なのか、判断のつき辛い口調と声音。苦笑すら浮かべて新八は瞼を伏せる。
土砂降りのせいか、軒下にさげていた洗濯物が雨粒を吸い始めたらしい。軋む音が聞こえて、早く移動させなければ、と思う。けれど体は動かない。それが今度は怠惰のせいか何なのか、果たして新八は判断がつかなかった。
『お前はちと元気が無ェようだねィ』
「………ですか?」
『覇気が無い』
「はは」
『……どうかしたんですかィ?』
「いいえ、何も無いですよ」
億劫な、体だ。
ぼうっと色を変えていく洗濯物を見つめながら、新八はぎゅっと受話器を握った。ささやかに雨粒が玄関を叩く。かさかさ。
庭では強烈な雨粒に負けて萎れた花が揺れていた。ごめんね、傘でも置いておけばよかった。思いながらも、これからどうかしようという気持ちにはならない。
『どうやら結構なご様子で。おまわりさんが様子を確かめに行ってやりまさァ』
「え、いいですよ。雨強いですし、濡れちゃうし………」
がちゃん。
問答無用で切れた電話を見つめて、新八は短いため息を吐いた。常に自分のしたいように行動する人だ、と改めて思い知らされる。しかしその強引さが新八には丁度良かった。
「邪魔するぜィ」
「……………………!!!?」
ば、と体を起こして縁側を見つめる。きいきいと揺れる洗濯物の影から見慣れた黒い服が覗いた。
つい今しがた切れたばかりの電話を見つめてそれから、床に寝転んだままの自分の姿に気づいて起き上がる。雨粒に打たれたのか、色素の薄い髪の毛からは止め処なく水滴が滴り落ちていた。
隊服に至っては黒服だから一見目立たないが、ぐっしょりと濡れている。
「え、ちょ、あ?いつ、から」
途端にしどろもどろになり始め、姿勢を正した。なんとか屋根のある場所まで入り込んだ沖田はまるで猫のようにぶんぶんと頭を振ると顔中に垂れる雨を拭う。にやりと薄ら寒気のする笑顔を浮かべると靴を脱いで入り込んできた。
カン、と音がして視線を下げると濡れた様子の無いきれいな携帯電話。「最近は便利な電子機器が出回ってましてねェ」新八が返事をする暇もなく、水浸しのまま、廊下にぼうっと座っている新八の前に止まる。
「………ま、さか」
「そのまさかでさァ」
言うなり新八に抱きついた。「ぎゃあああ!!!」乾いていた衣服の隙間から入り込む冷たい水に、反射的に大声で叫ぶ。じたばたともがくも、少しも怯んだ様子の無い沖田は新八の耳元で囁いた。
「おまわりさんはいたいけな一般市民には善良なんでさァ」
「これ凶悪だと思うんですけどオォォォ!!!」
沖田が体を離す頃には、しっかり新八の上半身及び体の前面は濡れていて。ただの嫌がらせか、と思い沖田を見上げると彼は笑いながらまた庭に戻った。
水音のする靴を履き、土砂降りに何の抵抗もなく飛び込んでいく。「新八ィ、オメーも来な」ただ一声。そう、ただ一声。沖田の言葉に新八は目を瞬かせ、それから呆れたように笑った。
億劫な体を起こして足袋のまま庭に飛び出る。馬鹿のように腕を広げて待っていた沖田に仕方なく抱きついてあげて、それから声を上げて笑った。
明日はなぜか、晴れそうな気がする。
携帯サイトにて14000を踏まれましためんどり様に捧げます。
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