飴 と



女の子らしいふりふりひらひらした服も嫌いではないけれど、苦手な分野に分類されるだろう。目の前に突き出された世に言うゴシックロリータ―――黒と白のコントラストがかわいらしいワンピースに、僕は思い切りうげぇと悲鳴を上げた。「駄目よアレンくん、そんな蛙の潰れたような声出しちゃ」嗜めるように言われ、これは僕のせいなのかと自問自答しているときに極めつけと言わんばかりに室長に押さえられる。「ねえアレンくん、ちょっと我慢してくれるかな、わが妹の望みを叶えてほしいんだ」その願いがゴスロリってどうなんですか。そう思ったけれど、僕の抵抗も空しくレースの服に袖を通されたのだった。



「あああ、やっぱり可愛いっ!!」言うなり抱きついてきたリナリーを受け止めることもできず、背後のソファに雪崩れ込む。いくらリナリーの願いだからってこれはあんまりすぎる。かわいらしい洋服に身を包まれた貧相な体。こんなところ神田にでも見られたらきっと僕は投身自殺でもしてしまうだろう。そしたらマナ、あなたに会いにいけますよとか浮世離れしたことを考えながらリナリーの頭を撫でた。なんだってリナリーはこんな格好をさせたかったのだろう。しかも僕が力の限り嫌がっても、だ。強行に出ることが滅多に無い彼女だからこそこの行動は不可解だった。レースを散りばめられた洋服はいつもの着心地とはかけ離れていてうまく動かせない。ストレッチ製のものなら多少は我慢できたのに、と唇を尖らせると駄目よとまた窘められた。「…こんなとこ、リナリー以外には見せたくも無いですよ」特にラビとか。ラビに見せたらいろんな意味でやばそうだ。あの記憶力のいいブックマン継承者はきっといつまでも覚えてねちこくそれをネタにしてからかってくるに違いない。随分と彼をなめきった態度で考えていると、ふとリナリーとは違った感触が背中を襲った。…背中?確か背後はソファだったはず、と僕は振り返る。端正な顔がそこにあった。「…ッッ!!!!!」叫び声をあげそうになって急いで顔を背ける。いつの間にかリナリーが離れていた。細い彼女の体はソファから数メートル離れていて、小さな掌がひらひらと揺れている。「ほんとは悔しいけど、ラビになんか渡したくないけど、でも仕方ないから、今日だけは譲ってあげるわ」「そりゃドーモ」ねえ何の話?何の話?僕は唖然として二人の応酬を眺めている。リナリーは本当に悔しそうに一瞬唇を噛む動作をして、(さっき僕に駄目って言ったくせに!)ぱたんと部屋から出て行った。「…え、なんなの?」あっけに取られた僕の背後でラビが僕の体をぎゅううう・と抱きしめる。「え、ちょっ、なんか苦しいですよ、なんかきついですよラビ」僕の抗議も空しくさらに力は増した。「なんか最高のプレゼントさぁー。このまま情事に持ち込みたい感じ」「アッハッハ力の限り拒絶していいですか?」…て、あれ?「ぷれぜんと?」片言になった僕の背後でラビが笑った。「あーひでぇさぁ、俺の誕生日覚えてくれてねーの」恋人なのにぃ、と子供のように拗ねたラビの頭を撫でながら僕はそうだった、今日はラビの誕生日だったとまるで他人事のように(――まあ確かに他人事だけど、一応表面上恋人なので。悔しいけど)ふーんと呟いた。「まあなんにせよ、誕生日おめでとうございます。生まれてきてくれてありがとうラビ」早口でまくし立てるように言った。言わないと忘れてしまいそうだった。「ん、ありがと。じゃあキスしてもいい?」「なにがじゃあなんですか?鉄拳がほしいんですか?それがお望みなら喜んで」「あ、ハイ。ほんとすみません」項垂れた赤毛がちくちく、レースと喉の間に挟まってくすぐったくて痛かった。




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