多分、僕は死ぬのだと思った。
いつしかこうして自分の最期を迎える想像をしたのだけれど、それはあまりにぼやけていて、現実性が無くて、だからこそ今のこの現状をしっかりと受け取れないのかもしれない。
ただ、僕でよかった。死ぬのが僕で、よかった。これ以上誰かを救うことはできない、それだけが心残りだけれど。けれど、死ぬのが僕で本当によかった。そう思う。
ゆっくり斜めに倒れる間際、誰かの声が聞こえて閉じていた瞼を開く。甘ったるい血の香りに吐き気がしそうでほんのり笑う。声はだんだんと近づくけれど、鼓膜はだんだんと声を遠ざけていく。ぴちゃ、と音がした。何の音だろうと思って視線を向ける。なんだ、僕の涙か。思い残すことも無いのに涙を流してしまうのは人間の性というものなのだろうか。
そういえば人は死ぬときに涙をこぼすそうだ。僕はもう死んでいるのだろうか。だって悲しくも無いのに涙が零れるなんて、それしか理由が見当たらない。けれど僕は、現実、僕を殺したアクマという物体を視界におさめ、遠ざかるけれど誰かの声を聴覚におさめている。
死んでしまうことに対しての恐怖は勿論あった。だって僕は人間だ。人間誰しも死に怯える。怯えない、と高をくくる人でも恐らくこんな風に死を迎えるときにきたら目を見開いて怯えるのだろう。死にたくないと、心から泣き叫ぶのだろう。そうしない人はもうその時点で人間じゃないのだと思ってみる。
ふと背中を誰かに支えられた気がした。次いで、頬に僕以外の涙がこぼれたような気がした。瞼に力が入らなくて相手をとらえることができないけれど、僕を支えてくれた腕はなんだか固くて筋張っている気がした。
僕はあてずっぽうに名前を挙げていこうかと思ったのだけれど、その前に唇が動かなくなった。
人の筋肉なんてあっけないものだ。組織が壊れて、神経が遮断されて、そして動かなくなる。機能しなくなる。たかだか体の一部が破損しただけで。
なにものよりも複雑な構造をしているくせに、ちょっとした決壊を防げない。なんて弱いものなのだろう、と思った。
ぽっかり腹に開いた穴が、なんとも風通しよさそうにひゅうひゅうと音を立てる。肩を支えられているのにどこか浮いた気分だった。もうそろそろ指先から侵出して、体中の痛覚も機能しなくなるんじゃないかと思う。
例えば、薄い膜を通したような。そんな感覚が耳に貼り付く。その膜を通したかのように声が届いた。鼓膜が震える。もしも足から体の機能が停止していくのならば、最期までこの声は耳に届き続けるのだろう。
でも多分それも一瞬。だから、その声を必死に聞き取ろうとする。
誰が泣いているんだろう、と思った。できれば誰にも泣いて欲しくなかった。ちっぽけな人間がひとり死んでしまうだけだ。だから、そんなに気負わなくて大丈夫。エクソシストである以上、戦力である以上、欠けてしまうことは好ましくないけれど。
僕は死ぬけど、頑張ってね。頑張ってね、って言っても、具体的にどう頑張れだとかは言わないけどね。でも必ず生きて。エクソシストの誇りなんてどうでもいいから、お願いだから生きて。僕の望む平和な世界を築き上げてください。皆死んでしまったら、もう何もかもが終わりなのだから。
機能しなくなったはずの右手が宙に浮き、恐らく僕を支えているであろう人間の頬辺りに触れる。やわらかい感触とかさつく眼帯、ぬるりと滑る水分の感触に懐かしさすら覚えた。
「さよなら ラビ、」
僕は笑えたんだろうか?
笑えたのなら、それはとても嬉しい。
笑って終われるほど僕に余裕があったとは思えないけれど、でも笑えてよかった。
僕はもう死ぬから、だから君は生きてね。
生きて、生きて、生きてね。
それで、リナリーや、神田や、ミランダ、教団の皆を守ってあげてください。
もう僕には出来ないから。
最期に、足を引っ張ってごめんね。
ろくに愛の言葉も囁けなくてごめんね。
大丈夫、君のこと、大好きだったから。
けど、もう君に触れないのは悲しいなぁ。君に、名前を呼ばれないのも。
いつしか来ることだとは思っていたけど、覚悟もしていたつもりだったけど、やっぱり悲しい。
いつもお前は欲求を口にしないからちゃんと言葉にしろって、いつしか言ってたね?
じゃあ最期に、僕のわがままを聞いてください。
僕の屍骸にすがり付いて、もう死んでしまったんだと理解して、
(「最期に空虚な僕を抱きしめて、」)
そしてわすれてね
thanks:星葬
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