彼女は引き金を引くのだろう。迷いも無く微塵の躊躇も無く、確実にこの心臓に弾丸を撃ち込むのだろう。僕はそれを感動だと思うけど、悲しいとは思わない。そこに喜びがあるからそれでいい。だぁんと一発、足へ。腕へ。僕の憎き断罪すべき相手が、断罪されていく。やめてくれと言うけど僕はけしてやめない。いつになったら来るのだろう。ききぃ、と車の急ブレーキの音。僕は笑う。もうそろそろ来ると思っていましたよと何も無い空間に話しかけ、放心する男へもう一発。銃口が熱を持つ。光を放つ。一瞬明るくなる部屋に、そして立ち込める煙。「雪平さん」呟いて、そして運命の場所へと。豊は笑っていなかった。鉄材の階段に男がはいずりながら逃げ込む。僕は追う。逃がしてやるつもりはないが、逃がしてやらないつもりもない。つまりは、彼女にすべてをゆだねる。僕を撃つことができなかったらそこで男は死ぬだろう。「安藤!!」僕は手を止めた。視線を向ける。ああ、無駄に綺麗な顔だ。
私は思い切りハンドルを切った。ガガガガガ、と車が曲がる。長い道路を突っ切り、彼の後を追う。「安藤…」呟いて、危険だとわかっていながらも一瞬目を閉じた。ガードレールにぶつかりそうになる車体をもう一度ガガガガガと曲げてさらにスピードを上げる。警察だろうがなんだろうが、スピード違反で私を捕まえられるものならつかめてみればいい。私は惨めでいい。急ブレーキをかける。長くひらめくコートを乱暴に蹴ってドアを開け、地面に着地した。ドアを閉める余裕も無く走る。鉄材の階段に備え付けられたドアが開く。(安藤、)見慣れた横顔がひどく狂気じみているのを見つけて息を飲み込んだ。もうやめて。確かに私はそう思った。「安藤!!」叫ぶ。きっと悲痛な声をしているのだろう。振り返る彼の顔は、いつになく無表情でそして退屈そうで何もかもがどうでもよさそうで、でも少し希望を見つけたような顔をしていた。今にも私の名前を呼びそうな。
男の額へ空砲の照準をつける。失禁でもしているかのように血液で濡れそぼった男は気持ち悪くも命乞いをした。僕はそれでもう殺してもいいかな、と思えるのに中は空砲、左手に弾丸、僕の手から飛ぶ弾丸なんてきっと額を打ち抜けない。引き金に力を込める。目を見開く。「安藤!」たとえお前でも、そう呟いた彼女はとても悲しそうに震えていた。これこそが望んだエンドだ。僕は歓喜に打ち震えた気がした。これで他の人間に殺されては僕のエンドは作られない。中途半端に終わる。それこそ。誰も手を出すなと一瞬にらみつけた。
私は引き金を引く。「私の前では誰も殺させない…」指先に虚無の力がこもった。「たとえそれが、お前でも!」ああどうかお願いやめて、そう思うけど口には出せない。彼は笑わない。だけどかすかに笑った気がした。でも次の瞬間には、引き金に人差し指を引っ掛けてもう、殺そうとしている。唐突に私のすべてが消えていくような気がした。涙が出そうな気がした。雪平夏見は泣いてはいけない。私にはやるべきことが残っているのだ。泣いてはいけない。視界を汚してはいけない。彼の人差し指と瞳に、決意がこもったのを認めて私は叫んだ。あらん限りの力で、叫んだ。…
「安藤――――!!!!!」
視界が白く染まっていく。体から力が抜けて、僕は安らかに笑う。ああやっぱり、僕のエンドは完成だ。とても望んだ結末を迎えた。これで僕は笑える。最期に見たものはあの、もう何も信じることが出来ないと言った彼女の顔。それを、望んでいたんですよ。完成の完成をきわめたエンドはとても望ましい。歓喜に打ち震えたのだろう、僕の体は。ががん・と、階段を力の入らない体が落ちていく。知ってますか、雪平さん。心臓を打ち抜かれて即死しても、意識が――あるような気が、するんです。だから僕は聞いたんです。あなたが叫んで、僕を抱きしめて、ばかだおまえは、そう呟いたことを。たとえ風呂に入らなくて酒飲みで全裸で新聞は読むし女のいろはをわかっていなくてダメな人でも、僕は、僕は、僕は――
私の目が、きんと痛む。彼が目を見開き、心臓から血を流し、そして力をなくしその場にくずれていく。ああ、ああ・私の手から呆然と、そして何もかも失ったかのように拳銃が下りる。はっと気づくまで数秒かかり、その数秒後には私は目を見開いて叫んでいた。「安藤!!」走って黒く長身の死骸の元へたどり着き、そしてまだ温かいその体を揺り起こす。もう起きないとはわかっていても。なんだかその顔は今にも起きて、何ですか雪平さん、もう朝ですか?なんて馬鹿みたいなことを言いそうな、そんな安らかな顔をしていた。「安藤、安藤、安藤」私は叫ぶ。声が震えているのが分かる。きゅうっとその頭を抱きしめて、ワックスで少しべたつく髪の毛に指を差し込んで、何度も撫でる。血の気を失っていく頬を撫でる。自分で殺して、そして懺悔する。「ばかだ、おまえは」呟く。何度も。「ばかだおまえは、ばかだおまえは!」涙がこぼれているのが分かった。弾丸が彼の手からこぼれたのを見て、涙は量を増した。「ばかだ!おまえは!」…そんなに馬鹿馬鹿って言わないでください、そう言って欲しかった。名前を呼んで欲しかった。
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