薔薇なら食べられる、と思ったんです。――バカじゃねぇの。小さくうなだれるアレンにラビはつぶやく。
かすかに息を呑んだアレンは3秒ほど顔を上げたかと思うとすぐにまた俯く。
毒みたいに真っ赤な薔薇の花びらがアレンの手のひらからこぼれた。あまりに熱にさらされすぎたのか、花びらはしんなりと縮んでいる。
水に浮かべたらきれいだろうな、とラビは思った。薔薇に味があると聞いたことはないが、ジャムにも使われているのだしまずいわけじゃないかもしれない。ためしにその花びらを人差し指で摘んで口に放り込んでみる。
ぱっと舌の上に広がったのはまず、塩辛さ。次にちりっとした苦味。ラビはぼえ、とつぶやいて舌を出した。舌の上にぺたりと張り付いている花びらを見上げてアレンはきょとんと首を傾けた。
まずかったの?
そう言う割にはなんとも興味深そうだ。もしかして食いたいのかと、眉を寄せたラビの頬にアレンが手を寄せる。
なにをする気だと肩に力を入れる、その瞬間、唇にふんわりとぶつかる何かがあった。
それがアレンの唇だとラビが気づくまでに、なんとか5秒。気づいた瞬間には、舌が入り込んできた。もあ、と間抜けな声を出してしまって恥ずかしさで頬を染める。
アレンにべろちゅーをされているという事実がさらに微妙に恥ずかしい。まずは体を離すことが先決かとアレンの肩に手を置いてみるけれど、どうやら大した効果は無いようだ。
舌の上に張り付いていた花びらが無くなったことに気づいて、目を悪く見開いた。(こ、こいつ食いやがった…!)
するとあまりにあっさりとアレンが唇を離した。物足りないと思ってしまったことがいちばん恥ずかしい。ラビはすぐさま口を手で覆って隠した。
しばらくむしゃむしゃと花びらをむさぼっていたアレンがふいに顔を上げて、「唾液でどろどろしてる……。」――当たり前だ!
憤慨しようにもどの点に重点を置いて怒ればいいのかわからないので、かわりに脱力することにした。なんでがっくりしてるの?と、逆にぼくががっくりしたいよというニュアンスで言われるものだからさらに脱力してしまうのも無理はない。
何にもショックを感じればいいのやら、と頭を押さえると、ラビの隣に座ったアレンが顔をのぞき込んでくる。あらゆるものに怒りを感じることが馬鹿らしくなってきて、ラビはアレンの頭を撫でた。薔薇おいしかった?と問いかけると、なんの恥じらいもなくアレンが、ラビの唾液のあじがしました、と言ってすっきりした舌を見せる。
まあまずいとは言わなかったのでよかったのではないだろうか。だからラビは、アレンの頭をもう一度撫でることにした。なんだか悔しかったからキスをしてやると、今更顔を真っ赤にしたアレンが左手を振り上げてラビの右頬にばちん。もはや何に疑問を感じるべきなのか、今一度考え直すラビだった。