何がこんなに愉快なんだ。
そうか、こんな塵芥にも及ばない屑にあの子が、

あの子が、痛めつけられたからだろうか。







「…あの、どうかされましたか、市丸隊長」

「ん、んん?ごめん、イヅル、も一回さっきの伝達言ってくれへん?」

書類にぺたぺたと判を押しながらなんとか無理矢理笑顔を取り繕う。
いつもの貼り付けたような、自然で不自然な笑みとはまた違う不自然な笑みにイヅルはほんの少し戸惑い、軽く頷く。

「日番谷隊長が、先の任務で負傷されたらしいです」

命に別状は無いということと、負傷の原因及び犯人が明瞭だという理由から隊主会までは開かれなかった。
が、あの日番谷隊長が負傷したと言う噂はすうっと、まるで波紋のように他隊へ広がり、三番隊のイヅルの元まで届いた。
イヅルの口が閉じた数秒間、市丸は無表情に手元の書類を見つめる。正しくは書類の日付を。12月15日。どくどくとどこかで静かな鼓動が騒いでいる。

「…日番谷はんは?」

「え?……命に、…命に別状は無いようです。けれど、身体の損傷は激しく、快復の目途は立っていません」

「…………」

言うなりゆらりと立ち上がった市丸の背を追いかけ、イヅルは一瞬口を開く。それから思い出したかのように足を止め、顔を伏せた。

「…お気をつけて」

そうぽつりと呟き、市丸が背を向けたままひらひらと手を振るのを確認すると隊舎へ戻る。
今は、仕事をしろと責めるのはやめようと心に決めた。







(誕生日くらい静かに祝いてぇから、お前は来んな)

辛らつな、けれどどこか縋るような瞳で見上げた来たのを覚えている。貧相な草履に足を通すと、足早に進んだ。
そういえば、彼が負傷を負った原因を聞き忘れた。犯人もはっきりしている――と確か、言っていたか。虚?首を傾げる。
虚にしては、イヅルの顔がやりきれないような物悲しいような顔だった。まるで犯人が虚ではないと言うような。
と、前方から気配を感じて反射で足を止める。霊圧と気配を遮断して近場の木の陰に隠れた。
足音は複数だ。流れ出る霊圧は明らかに低級。席官でもなさそうだ。

(…何しとんのやろ、ボク)

軽いため息をついて出てやろうと片足を上げたときだった。

「―――何が隊長だ、あのガキ!」

びくりと肩が跳ねる。
またもや反射で陰に戻り、ひっそりと息を殺した。
足音は立ち止まり、憤る声が響く。隊長。ガキ。2つの単語で、誰の話をしているのかが明確になる。候補は2人、二番隊長と十番隊長。けれど市丸の頭の中では何かが確信的に、十番隊長だ、と騒ぐ。
同調するような声と、もう一度あのガキ、と罵る声がした。

「あんなナリで、でけぇ口叩いて!俺らはあんな奴よりずっと長い間ここにいるんだ、何で頭を下げる必要がある!」

「何が日番谷隊長、だよ。俺らに罪は無ェだろ、アイツの力を試しただけだ」

「でもアイツ、確かに虚を倒したぜ。大虚も殺った」

「……偶然だろ」

その会話だけで、市丸にはピンと来る。
理解した瞬間ひやりと心臓が冷えた。気付けば腰の斬魂刀に手を伸ばし、柄に触れていて。

突如目の前に現れた隊長格に、下級死神たちは一様にびくりと怯えた。
冬獅朗を罵っていた口も閉じ、平伏する。その様子を見て市丸は喉の奥で笑う。なんだ、こんな雑魚共。こんな奴らのために、あの小さな子供は。

「………なァ、顔上げ?」

言われ、いちいち震えながら顔を上げる死神を見て市丸は今度こそ大声で笑った。心底愉快だと言う様に、けらけらと笑みを飛ばす。

「い…、市丸、隊長?」

何を笑っているのだろうといった表情がこちらを向いた。――ああ、なんて愉快なことか。

「あァ、ごめん。あんまりに愉快やから笑ってしもうた。うん、何でも無いわ。ついでに…」


霊圧を力の限り解放する。それに当てられたのか、ばたばたと倒れていく。それすらも愉快だ。



「―――死んでええよ。」



刀を、伸ばした。