ゆらゆら歩いていると、柳の下に誰か立っているような気がした。
雨が降っていて視界がぼやけているし、それはただの幻覚かもしれない。
けれどたしかに柳の下には彼が立っていて、ぼやけた輪郭もそのままに、眼鏡の奥の瞳を細めて静かに笑ったのだった。

『沖田さん』



それこそが、幻。




「見えてんのか」

「あ?」

沖田は振り向いた。後ろには頭に髪の毛というものが一切無い、たとえて言うならば坊主のような人間が立っている。
いや、実際に坊主なのかもしれない。白い袈裟姿が雨で汚れていた。笠の下からのぞく鋭い瞳が柳の下を見ている。

「あそこにいる人間だ」

「………」

沖田は何も言わない。正直、こういった幽霊騒動は胡散臭くて相手にしていられないのだ。
一度幽霊騒動と同じようなものには遭遇したが、あれは結局天人で、本物の幽霊ではなかったという結果にも終わっているし。
何も言わないで柳の下を見続けていた。相変わらず、眼鏡の少年がうっすら笑って立っている。近寄りもしない、遠のきもしない。

「未練があるのだろうな。お前を呼んでいるよ」

「未練?」

呟いて、振り返る。男は可愛そうにと呟いて目を閉じた。
お経のようなものを唱えている。雨にまぎれてよく聞こえなかった。
沖田はまた振り返り、柳の下を見つめる。眼鏡の少年はお経など聞こえていないように笑って、沖田を見ていた。

「おっさん、何してんでィ」

「何って、お経だ。よく見てみろ、幽霊が怖がっている」

沖田は眉を寄せて柳の下を見るが、ちっとも怖がっているようには見えない。ますます怪しさが募り、沖田は男の首筋に刀を突きつけた。

「ホラ吹いてんじゃねェや。何者だ、おっさん」

男は何も言わずにお経を唱え続けている。もうやめろよ、と警告する沖田の言葉も耳に入っていないようだ。
苛立ちが募り、沖田が振り向く。――そのときだった。背後でヒュ、と空気を裂く音がして飛び退る。
追いはぎかよと呟いて沖田は斜めに男を切りつけた。血が飛び散り、地面を真っ赤に染め上げる。それでも返り血は浴びない沖田の足元に少量だけ血がこびりついた。
どうせ雨が流してくれるだろうと考えながら柳の下を見る。そこには何も無かった。

「まァ、そうだろーな」

嘲笑するように呟いて沖田は男の死体を蹴りつける。雨が流れて、足の血液を流し去った。