しろやぎさんからおてがみかいた、くろやぎさんたらよまずにたべた、くろやぎさんたらくろやぎさんたら。いやもう、ほんとにくろやぎさんたら。
 さっきからくろやぎさんたら読まずに食べた、というフレーズが頭の中から離れない。もし僕がしろやぎで彼がくろやぎなら、なんというか送ったハガキをそのまま突き返されたような気分だ。おまけに手紙のご用事まで聞かれないときた。まだお手紙は書いていないし、それを求められたこともないけれど。

「疲れたな、直斗」

 探索の帰り道、隣に並んだ彼がつぶやいた。素材探しが目的と言っても、当然シャドウはいるし、それを倒さなければならないのだから体は疲れる。声を出すのもなんだかだるかったが、そうですね、と口にすると、どうも声が枯れていた。戦っている最中はほぼ口呼吸なので、喉が渇くのだろう。

「大丈夫か?」

「え……ええ。大丈夫です、ちょっと水分が足りてないみたいで」

「リボンシトロンあるけど」

「貴重な回復アイテムですから、お構いなく」

「でも」

 彼がこちらを覗き込んでくる。少し前、ほとんど顔も見れなかったことをその瞬間に思い出して、顔が赤くなる前に青くなる。自分の挙動を間近で見られてしまうということが怖かった。
 何を勘違いしたのか、かおいろわるい、と不安そうな顔をした彼が肩を掴んでくる。距離が近いうえに接触されると頭がどうにかなりそうだ。

「あの、本当に大丈夫ですから、おかまいなく、というか、風邪でもないですし、帰ったらすぐに飲み物を飲むので、お気遣いなく」

「なら、いいけど」

 疑うようにこちらを見た彼が、再び疑うようにこちらを見た。二度も見なくていい。
 彼と一緒にいると、体に悪い気がする。常に平常心を保って、推理のためにも常に頭を動かしていたいのに、動揺して彼のことばかり考えて、では話にならない。心臓が急にはねたりするのもよくないだろう。血圧も変わってしまう。ということをつらつらと考えていると、多少落ち着いてきた。

「直斗が好きだから、いつも元気でいてほしいんだよ、俺としては」

 多少落ち着いてきたというのにこの人は。

「……あの、先輩」

 少し耐性がついたのか、前みたいに頭が真っ白になることなく、次の言葉で濁される前になんとか口を挟むことができた。
 なんで今まで殺人を犯した犯人やひどい盗みをした犯人を相手にして動揺しなかった僕が、たった一言好きだと言われただけでここまで異様なほどにうろたえなければならないんだ。考えるとだんだん元気が出てきた。もやもやする必要も悩む必要もないんだ、僕がちょっとした勇気をひり出して彼に聞けばそれで問題が解決するのだから。
 え、なに、と言って立ち止まった彼の正面に立つ。頭がもう極限までどうにかなっているのか、脳や心臓がとんでもなく早鐘を打っていてもたいして気にならない。

「その、好きって、どういうことですか」

「どういうことって……直斗が好きってことだけど。れんあい的な意味で」

「僕はどうすればいいんですか」

 自分でも聞いていてなんだこの質問はと思ったけれど、止まれなかった。いやもう本当、考えに考えすぎてもうどうしようもないのでどうにかする術を教えてほしい。彼は、僕と違って変に動揺することもなければ、顔を赤くする様子も全くなく、久慈川さんに宿題教えてと言われて教えているときのような表情のまま、僕に言う。

「ああ、うん。何もしなくていいよ」

 ……うん?

「直斗が好きだなーって思って。思ったときに一応言ってるけど、返事はいらないし、付き合うとかもないだろ?」

 え?

「だから、これからも言うかもしれないけど、そんなに気にすることないから。あ、ごめんあのシャドウ倒してくるからちょっと待って」

 通路を邪魔するシャドウに武器を構えて向かっていく彼を後ろから眺めながら、僕は彼の言った言葉をなんとかして理解しようと思ったけれど、どうやら無理そうだった。
 どうしよう。このくろやぎ本当に読まずに食べたぞ。