たまたま書類を整頓していたら、ふと声が聞こえた気がした。
誰の声だろう。聞いたことも無い声だった。声質だけを頭の中で探してみたら、そういえばおとといの晩にあいさつをした探索部隊の人と似てる。
でも面識があるといってもそれだけだったし、何で今更あの人のことを思い出したのかすらわからなかった。まあいっか、そう思って書類をまた並べなおしてコムイさんのデスクの上に持っていく。
部屋の中はコーヒーと煙草と汗のにおいで充満していて、思わずうっと呻って口と鼻を覆いたい気分に駆られたけどそれも多少失礼なのでやめておいた。
大丈夫ですか生きてますか、そう言いながらデスクによりかかっている人たちの肩を叩いていく。唯一反応してくれたリーバーさんに感謝と書類を。(多大な迷惑という顔をされた)
これでも整理整頓という手伝いをしたのだ。多少は感謝してほしい。
動けそうに無いリーバーさんのかわりにレモンスカッシュをいれてあげる。コップを枕と思しきぐしゃぐしゃの白衣の横に置いて、さて奥に悠々とリナリーの写真を眺めながら座っているコムイさんのところへと。
書類だらけで滑る床を必死にブーツで歩きながら、リナリーの写真で溢れかえっている机の上に残りの書類を置いた。ああ僕のリナリーが!と我に返って書類を手にしたコムイさんに、用事は終わったといわんばかりに息を吐く。
踵を返して、自室に帰ろうとした。死屍累々の部屋の中から一刻も早く抜け出したい、わけではないけれど歩調は速める。
そこへ、リナリーの写真を潰されての腹いせか何かはわからないけれど少し焦ったようなコムイさんの声。「アレンくん!」ゆっくり足を止めて、振り返る。

「なんですか?」

見れば彼はもうリナリーの写真を大事に大事にアルバムの中にしまっていて、右手に通話機を持っていた。
どうかしたんですか、と言いながらまた屍を超えていく。リーバーさんも起きた様子で、不思議そうにこちらを見ていた。

どうやら、任務らしい。僕ははあ、と短い息を吐いて頷いた。







廃れた街に足を踏み入れて、探索部隊より先に進む。ひゅう、と風が頬を撫でていった。
重々しい空気だ。左目がずきずき痛んで、うずいて、叫ぶ。早くアクマを救えと、早くアクマを壊せと。
どうにか足を動かして前に進みながら、気配と影を辿って入り組んだ路地裏に入っていく。ぐねぐねと入り組んだ道は完璧に頭の中に記憶されない。こんな複雑な道を覚えることなど到底無理だ。
後ろで必死についてきている探索部隊には悪いけれど、少し急がせてもらうことにしよう。小走りだった歩調を完璧な走行へと変化させる。
ずきんずきんずきん、ああこっちだ。こっちで助けを求めている。助けを求められている。

行かなくちゃ。






崩れたアクマの残骸を見て、ただ、疲れたなぁ、と思う。
祈りを時折忘れてしまうのはどうしてだろう。忘れていたと気づいて急いで目を閉じて心の中に追悼の念を思い浮かべるけれど、どうにもそれは安っぽく思えてしまう。
さようなら、よい夢を。最後にそう思って、目を開けた。耳元に誰かの声が聞こえた気がした。
なんとなく、どうしてかはわからないけれど、なんだろう。頭の中に、先程壊したアクマの全貌が思い浮かんだ。ボール型で顔の判断もつかなくて、ああそういえば魂が見えたっけ。あの魂は結局、穏やかな顔をした青年だった。見たことがあるような無いような、ううん、記憶に引っかかるのだけれど。
そういえばおとといの晩にあいさつをした探索部隊の人と似てる。
でも面識があるといってもそれだけだったし、何で今更あの人のことを思い出したのかすらわからなかった。






どこかで散ったあの人




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