星が流れる音がやかましくて瞼を開くと、真っ暗でいて、それで妙に明るい空が視界にいっぱいいっぱい映りこんだ。ちかちか瞬く星が飛んで、所謂流れ星とやらに変容しているのだと気付いて、知らず口元が緩まる。近くに古泉はいるか。一緒に星を見たい。おもって、少しだけ言い訳をした。それは純粋な気持ちからであり、決してあいつにこの綺麗な空を見せてやりたいなんて乙女心ではなかった。なかったと、はっきりとここに言及しておく。
しかし隣にいたのは古泉ではなかった。兎の目をしたかわいそうな少女だった。泣きはらしたのかと問いかけるとそいつはそうよと頷いて、古泉くんはここにいないわと付け足した。古泉がここにいない。それは残念である。消したのかとさらに問いかけると、まさか、あたしは優しいからと、そいつは笑った。古泉が今こうして俺がきれいだとほほえましい瞳で見ている先の星になったわけではないと理解して、ほんの少し胸を撫で下ろす。動作には出さなかった。
少女は白魚みたいな手を伸ばして俺の頬に触れ、いとおしそうに親指の腹で目じりを撫でた。涙が出ているわけではない。たまたま親指の腹がそこにぶつかっただけだろうと思う。
おはようと言い忘れていたわね、とそいつは言ったので、俺はおかえりの間違いじゃないのかと訂正した。そうかもね、と少女は呟くわりに、おはようもおかえりも言わない。そいつからすると、もう言ったつもりなのかもしれない。俺をいとおしいと瞳が叫んでいた。
そのまま唇を近づけてくるので、俺はだめだといって掌で遮った。古泉の温度が残ったままの掌は中途半端にぬるいくせに、体全体は冷たくてどこか不思議なきもち。遮られた少女はどうしてと眉を吊り上げ、どうしてなのと再び呟いた。だって俺はお前を好きじゃないから。言ってしまえばそこで終わりだと、妙なところで賢しい俺は気付いていた。
ばかだなどうしてお前は俺を起こしてしまったんだ。問いかければ、そいつはいとも簡単に、あんたが死んだら悲しいからよと言った。潔い、やさしい声音だった。だからこそ余計に、俺はそれが悲しかった。もしここで死んだのが古泉であれば、おまえはきっと悲しんで涙をこぼしただけだったろう?そうよと頷く小さな頭。ああ、おまえはかわいそう。
ねえ、あたしを好きと言ってよと、そいつが言って俺の脚の間に入り込んだ。つめたい足先にあつい指先が触れた。瞬きひとつ、それに連動するように星が落ちてくのが視界の端で視認できる。それでもお前は。俺ばかり、見ている。
恐らくはここで俺がお前を好きとは言えないよと言えば、俺の瞼は再び落ち、この夜空は消え、そして再び気付いたときには隣で古泉が泣いているのだろう。ありありと想像できたそれは、現実味を伴って俺の心臓にすとんと落ちた。好きっていってよと促されて、俺は頷くことはできなかった。あたしを好きって言ったら、それだけで世界は色づくのよと、つやを含んだ声音で言われた。魅惑的でもなんでもないその誘いに、俺は笑顔を浮かべて拒絶した。
あんたがあたしを好きじゃないというなら、あんたはもう一度。
ああわかってるよ。眠ることになるんだろう。俺はそして再び死ぬ。死んで、そして泣く古泉のもとで、このからだが腐敗するまで眠り続けるんだろう。目覚めないまま、泣く古泉に何の言葉もかけてやれないまま。
もしここで俺が頷けば、そしたら俺は生き返って、古泉に大切な言葉をたくさんたくさん与えてやることができるのだろう。けれど、そのためにはハルヒに嘘をつかなくちゃならない。うそを許してもらえないかもしれない。どちらにせよ嫌だった。嫌だったから、拒絶した。失敗したわとハルヒが呟いた。
もう一度おやすみ、そう言われて、俺は素直に瞼を閉じた。もう二度と会えないわね、とハルヒが泣いた。ごめんなと呟いた声は多分声になっていなかった。だってそのときにはもう俺は死んでいたから。最初から死んでいた?――わからない。目を瞑れば暗闇が。触れていたあたたかい指先は離れて、そして再び冷たい温度が。流れる星の音が遠ざかる。

気がつけば隣には古泉がいた。かわいそうに、泣いていた。慰めてやりたいけど、俺は死んでいるからお前に触れることもできないんだごめん。一息に心の中で呟く。すすり泣く声の傍らで、俺も泣きたかった。
そして相変わらず手指は動かないまま。





さようならですか #−3