古泉曰く俺にはハルヒにこの身を心をすべて捧げよそれが世界の平和のための義務である、みたいな勝手な目標が科せられているらしい。だが、残念なことに俺には絶対にそれをすることができないという理由があった。
 理由というのもなんか変な話だな。解りやすく言えば俺には、ハルヒのためにこの身を心をすべて捧げることなど無理なのだということである。これは別にハルヒが美人で俺とはつりあわないから遠慮してとかそんな理由ではなく、俺の根底からの問題なのである。お分かりか?

「解りません。あなたらしく簡潔に、今の僕の混乱した頭でも解りやすいように教えていただきたいです」

「つまり俺はガチなゲイだということだ。ハルヒが恋愛対象に入ることすらありえん」

 いつもなら即座にはい、とか答えていそうなそいつは珍しくも否定の意を口にした。しかも若干口調が嫌味だ。まあ別にこれも想定していたことだから構わん。と思ってあらかじめ用意していたまとめを口にすれば、古泉は目を点にした。おお、ちょっと珍しい。
 まあそりゃあ、あいつは可愛いし、大事にしてやりたいとは思うよ。ただそれは、非常にありがちだが家族の、例えば妹に抱くようなほほえましい気持ちからであって、決して男性が女性に感じる庇護欲をそそられうんたらかんたらというアレではないのだ。
 どちらかと言えば俺は庇護欲をそそらせたいタイプだ。もっと解りやすく言おうか。専門用語のタチかネコで言えばバリバリネコですと言ったところか。別に女になりたいわけじゃないし女の立場で扱って欲しいわけでもないから本当にヤるときはネコってだけで、普段は普通に扱って欲しい。

「じゃあアレですか、僕に恋愛感情を抱いたりする可能性もあると?」

 古泉はようやく点になった目を通常営業に戻したかと思うと、少し胡乱げな表情をこちらに向けた。安心しろ。

「多分ノーだな。いや、ノーか。今もお前の体とか顔見ても反応しないし。あんまり身近にいすぎる奴は対象にならんのだ」

 まあ俺のことはどうでもいいとして、いやよくないか。さっきまでその話をしていたんだったな。とにかく、ハルヒに俺がどうこうするのは不可能だ。そりゃ機関としてはくっついてほしいとかそういう痛々しい願望を捨てきれないだろうが、捨ててほしい。ゴミの日にバサッと捨てちまえよ。俺はハルヒを好きになれない。あいつはあくまで仲間だ。SOS団の皆はあくまで仲間で、それが誰であろうと恋愛感情に発展することはありえない。
 それにだな。一応俺にも付き合っている人間とやらが存在するのだ。残念ながら。

「いたんですか」

「いたんですよ。機関って案外そういう調べヘタなのな」

 そりゃあなたがそういう方面に対して淡白すぎるからですよ、ノータッチでしたよと古泉に恨みがましい瞳で見られ、俺は後頭部をかりかりと掻いた。というわけで俺はハルヒの相手は無理だ。色々と諦めてほしい。要約して以上のことを告げると、古泉ががくりとうなだれる。

「これ機関に報告するの嫌だなあ……」

 幼い子供みたいに呟かれた言葉に俺は笑い、まあ頑張れよ、と軽く返した。申し訳ないとは思うが思ったところでこの性質が治るわけではない。治すつもりも今んとこ特に無いし。そりゃあ世間から向けられる目は辛い、そう思うときもあるが、俺は俺でと割り切ってるからいいんじゃないか。

「まあ頑張れ。ハルヒは面白いこと好きだし、俺がゲイだって知ったらそれはそれで面白がるんじゃないか。あんだけいろんなことに首突っ込む奴だろ、同性愛に今更偏見なんて持ってないさ」

「僕が心配しているのはそこではなく……」

 わかってて言ってんだよ。察しろ。

「あなた、他人事だと思って」

 古泉が椅子から腰を上げ、俺を強い瞳で見下ろしたそのときだった。さすがに怒らせたかな、めんどくさいなと思っていた俺の身に着けているブレザーの、そのポケットから、わずかな振動が伝わる。スマンな、と言って俺も立ち上がり、木製の椅子から立ち移動してから携帯を覗き込む。思ったとおりの相手からの電話。

「はい、もしもし……ああ、うん。えー…そうだな……五時くらいなら。うん?うん。了解」

 さすがにここには古泉がいるので、それほど大きな声で、おまけにオープンな内容で会話はできない。できるだけ必要最低限のことだけ話して通話を切ったが、席に戻ったら古泉は苦虫どころか百足とか台所に出現する頭文字Gを噛み潰したような面白い表情を浮かべ、俺を見上げた。

「もしかして……、その、恋人さん、ですか」

「ああ。まあさすがにお前がいるからあんな口調で話しちまったけど、仲は良いぞ」

「そんなこと聞いてませんよ……」

 まあからかっただけだしな。
 改めて椅子に腰を下ろして、携帯の時計を見た。時刻は既に四時半を過ぎている。だから五時にしたんだけどな。今日会えるか、できれば今すぐに。そう言われたから五時からなら会えると答えたんだが、古泉はそれまでに話を終えてくれるかな。できればさっさと終えたい。

「というわけで、お開きでもいいか?」

「………そうですね、良いですよ。寧ろ、そのつもりでお話されていたんでしょう?」

「お前の好きなところは察しが早いところだなー」

 俺はそう口にして立ち上がる。最近会ってなかったからな、もしかしたら車の中でやるかもしんない。ブレザーは汚さないようにしなきゃな、なんてことを考えつつ古泉に軽く手を振ってその場を後にした。