そりゃあいつが真面目に授業受けるなんて想像していなかったし、言い聞かせたところで説得できるとは思っていなかった。担任に至ってはそんなあいつの存在すら忘れているのかなんなのかはわからないけれど、一切干渉しない。
そもそも死神代行として来ただけで、授業を受ける義務など無いと主張されてしまえば俺には何も言えないのだけれど。







「やっぱ、ここか」

小さな背中は案外早く見つかった。
フェンスの向こうの空をぼうっと眺めている。5メートル手前まで近づいても何の気配も霊圧も感じない、完全に自分を消している。俺が授業中なら余計な虚を呼び寄せないように、との配慮らしい。
変なところが真面目な隊長だ、と思う。いや寧ろ、この程度の配慮が出来なければ隊長などやってられないか。十一番隊を除いて、の話だが。

ゆっくり振り返った小さな顔は目だけが異様に大きくぎらぎらしている気がした。吸い込まれそうな翡翠だ。
手を伸ばせば触れられる距離まで近づいても何の威圧感も感じない、ということは多少は気を許してくれているのか。と思って手を伸ばせば問答無用の霊圧で手先がぴりぴりする。
必要最低限の距離までは許すけれど、それ以上は許さない、というわけか。

「……お前、授業は」

薄い唇が開いたかと思えば第一声がこれだ。
俺は多少げんなりしながら、「昼休みだ」と答えた。本当は腹痛って言って逃げてきただけだから、昼休み特有の騒がしさや友人のハイテンションな声も何も聞こえない。
しばらく黙り込んだ冬獅朗はわかっているのかわかっていないのか、わかっているけど黙っただけなのか。心の中で考えてじっと見つめる。
見れば見るほど綺麗な顔だと思う。睫毛は長いし、目は大きいし、鼻はすっとしていて頬の肉付きも丁度いい。子供なのに、子供とは全く違う印象を受ける。

「ま、別に俺はどうでもいいんだがな」

「そっスか………」

口を開けばこういう毒を吐くのだから、子供というイメージはさらに後退していく。
そのくせ呼び捨てにすると拗ねる(?)のだから、結局いつもイメージが固定しない。

「てかさ、お前何してたんだ?」

話題を変えようと思ってにこやかな笑顔を浮かべた。つもり、だ。冬獅朗はしばらく俺の顔を見ていたかと思うと、視線をそらして空に向いた。

「空、見てた」

いつも冬獅朗の表情は固い。
俺の前で人間らしい表情を見せるといえば、名前を呼び捨てにしたときか、子ども扱いしたとき程度だ。それ以外はまるで人形か機械のようで、感情が見当たらない。ムッとした仮面を貼り付けて生産されたロボットみたいで。外見の綺麗さもあいまって余計人間味が失われている。
いつしか乱菊さんが言っていた、『――の、前だったら、』という言葉。肝心なところが聞こえなかったのだが、恐らくその“――”の部分に入る人物が唯一冬獅朗の心の許す人なのだろう。それが妙に悔しかった。

「な、冬獅朗」

「日番谷隊長だ」

即座に返って来た返答に、苦笑する。こういうときだけは返答が素早い。眇められた大きな瞳を見返して、浮かべていた苦笑を消した。
自分でも馬鹿だと思うほど真剣に、真面目な表情を浮かべる。

「………どうした」

「なぁ、笑わねーか?」

今度は即座に言い切ってやった。
言い切った後の、冬獅朗のハァ?とでも言いたげな顔はきつく印象に残った。そんな、馬鹿見るみたいな目で見なくても。そう思っていると馬鹿だな、というような溜息が落とされる。

「笑わなくてもいいからさ、もうちょっとこう、柔らかい表情っつーか……」

「てめぇにそんな義理は無ぇ」

すっぱり言い切られてしまった。
僅かに凹んで、そっか、とだけ返す。無意識にだだ漏れていたらしい霊圧で、良くないものが集まってきたようだ。まず先に冬獅朗が反応して、「お前は授業もどれ」…やっぱりバレてたか。義魂丸を取り出し、死神の姿で屋上を飛んだ。
残った冬獅朗ではない、けれど冬獅朗の姿をした(コンみたいなもんか)やつは、くるりと振り返って俺を見る。
眉間に皺の無い、まれに見る姿はとても貴重だ。

「一護さまは、」

「、あ、え?」

さまとか付けられた、と微妙に驚いていると、無表情のままそいつが近づいてくる。
俺の2歩ほど手前で止まると、冬獅朗の顔で全く冬獅朗とは違う台詞を吐いた。

「日番谷隊長をお慕いしているのですか?」

「ブッ!」

反射で吹いた俺を笑いもせず、ただ純粋にじっと見つめてくるそいつに非常に大きな苛立ちを覚えた。と、敗北感。
けどそいつの瞳がどこか悲しそうだったから、縋りつくように細められていたから、思わず手を伸ばした。
ぱしり、と払われる。

「あの方以外に日番谷隊長に触れていい方はいないのです、」

「、な」

「…あの方、以外には……………」

そいつがしゅんと眉を下げると同時に、なれた霊圧が戻ってくる。ぱっと顔を上げてフェンスに近づいたそいつの体に、冬獅朗が戻るのが感じられた。
また、戻る眉間の皺。と、引き結ばれた唇。それを見て、体中のいたるところがずきずきと傷んだ、気がした。

俺はあいつの内側には入れない、救えない、抱きしめられない、










ヒーローに
なれない








thanks:星葬