「原因は涼宮ハルヒ」
ああ、それはわかっているんだよ。わかっているんだ。さすがに俺もこんな状況になってしまってこれは誰のせいだなんて世の中に問いかけるほどテンパっちゃいない。
部屋から出たら知らない家っぽいし、家どころか学校の施設みたいにでかくて、近くの案内板を見ながらようよう外に出たら北高男性寮とかそんな信じられない看板があって、これまた案内板を見てからまるで脱獄囚のようにそろそろとこの学校および部屋にやってきた俺は、隠すように鞄を胸に抱いていたのだが、それをテーブルの上に下ろす。
いつもの指定席に座っていた長門は、いつもどおりの無表情ながらどこか困ったような色も浮かべているように見えた。俺が困っているからそう思っただけかもしれん。しかし、一応長門の表情の判別はつくようになってきたこの頃だ、きっと困っているんだと思い込むことにする。
それから、今の長門の姿はおかしかった。いつもどおりの無表情と言っておきながら、その顔かたちは違っていたからだ。着ていた制服でさえ、見慣れたものではなかった。そんなことを問いかけるヒマもなく、長門が続ける。
「彼女が昨夜見たテレビ番組が影響元と考えられる」
「昨日………?」
俺は必死に記憶を辿ってみた。テレビは見ないわけじゃないが、最近の学生についていける程見ているわけではない。しかもハルヒの見る番組といえばろくなものではなく、あいつの好みなんて知りようもない――知りたいとも思わない俺にとって、あいつが影響を受けるほど面白かった番組など見当も付かないわけで。
「ど、どんな番組だ?」
人間のセクシャリティとか人体の神秘とか、性転換手術のドキュメンタリーでも見たのだろうか。恐る恐る問いかけた俺に、長門は聞き慣れない単語を吐き出す。
どんな内容だ、と問いかけると、ある高飛びの選手にあこがれた女の子が友達になりたいがために性別を偽って高飛び選手と同じ学校に入り、女だとばれないように必死に隠したり寮で一緒の部屋になったりサッカー部の男の子に好かれたりでハラハラドキドキな学園生活を送るというものなのだが…。
「それじゃ、俺が女っていうのはおかしくないか。普通の学園生活なら、いちいち性別偽る理由は……」
「その設定上の学園は、男子校だから」
「……………」
ここでようやく合点がいく。
今の長門の恰好――、男子学生用のカーディガンにブレザー。なるほど、ここは男子校だから長門も男の子なのか。
「じゃあなんで俺が女なんだ?ハルヒが影響を受けたんなら、あいつが女であるべきだろう」
俺の最もな問いかけに、長門は至極平坦な声音を返す。
「彼女はあくまで傍観を望んだ」
つまり、ハルヒは当事者となってハラハラドキドキな生活を送るよりは、そんな生活を送っている人間を見て楽しむほうがいいと判断したのだろう。
全く迷惑な奴だ。なぜそこで俺を女にする。もっと、それこそ朝比奈さんとか…いや、彼女はしゃれにならないか。だとしたら長門とか…いや、これもまた盛り上がりに欠けるか。ならば古泉…そうだ。古泉がいい。俺よりは古泉のほうがいいだろう。俺よりは絵ヅラがいいだろうよ。
「それは私の知るところではない。彼女の判断」
…まあそうなんだけどさ。
そんなことを考えていると、ふとあることに思い立った。長門から説明を受けたうちの一文だ。「寮で一緒の部屋になったり」…まさかなあ。俺はふと今日の出来事を思い出す。二段ベッドの上は俺で、下は古泉だった。
「おい長門、まさかそのストーリーの設定上、憧れの高飛び選手って……」
「古泉一樹」
「……………だよなあ………」
できることなら考えたくなかったし、口にしたくもなかったのだが。頭の中にあの胡散臭いイケメンが浮かんできて、俺は両手をばたばたと机にたたきつける。俺はノーマルノーマルノーマル。いや、今の状態は確かにノーマルだが精神的にはノーマルじゃない。うん、落ち着け。憧れっていうのはまあ憧れで、憧れイコール好きじゃない。いや、好きなんだろうけど。それがラブかライクかなんて、ラブだとは限らないだろう?
「でも、それはあくまでハルヒが影響を受けたってだけで……、古泉が高飛びをしてたりはしないんだろう?」
「していない。ドラマ上の設定がそのまま起用されているわけではない。基本的な現状は保持されている」
長門の言葉に幾分かほっとして、俺は自分の体を見下ろした。少し俺には大きい制服。昨日までは丈もぴったりで、違和感なんて探してもどこにも無かったというのに。
長門は膝の上に置いたまま広げない本を、指先で玩ばせていた。いつもの冷静さがどこか欠けているように見えるのはやはり俺が冷静ではないからだろうか。
「俺が女だってカミングアウトしたら、この状況は変わるか?」
「わからない。しかし、推奨はしない」
「そうか………」
長門が渋る理由はわからないが、まあ確かにうかつに行動をしてしまえば後戻りはできなくなる状況だからな、それは。
「あ、なあ。俺が女っていうことは、古泉は知っているのか?それから、朝比奈さんは?ハルヒは?」
「知らないと思われる。朝比奈みくるは自身の身体変化を知覚しているが、古泉一樹は元から男であり、変化には気付いていない。つまり、朝比奈みくるの身体変化には気付くがあなたのことは気付かないはず」
矢継ぎ早に浴びせた俺の質問にも、長門は丁寧に答えてくれた。それから続けて言う。
「涼宮ハルヒは自身が起こしたことに気付いていない。ゆえに、自身の身体変化にも気付いていない」
そういえば、夏が終わらないっていうときにもあいつには自覚が無かったんだったな。自分で事件を引き起こしておいて、全く理解してないっていうんだから恐ろしいやつだ。まあ、知っていてわざと事件を起こされるよりはましだが。
頭を抱えたい思いをなんとか抑えて、俺は教室に戻ることにする。部室の備え付け時計は、もうSHRが始まる時間を示していたからな。
「わたしにできる範囲であればフォローをする。頼って」
と言ってくれた長門に平謝りしながら、部室を後にした。
|