思わず、息が零れた。
馬鹿じゃないのかと自分でも思う。愚かだと思う。思っていても尚、どうすることもできないということがあるのがとても腹立たしかった。
どういたらいいのかわからない、そのわからないということが嫌いだった。自分には制御できないものがあるのだと理解したくなかった。畜生畜生畜生と何度、何度罵れば。
悔しかった。どうしても抗うことが出来ないということが、全てがいやだった。

「わかんねぇよ、畜生ッ……」

口にしてしまえばその品性や自分なりのプライドや意地がからからと崩れていくのもわかっているのに止まらなかった。
ただひたすら、首を振る。このまま引きちぎれてぶるぶると飛んでいきそうなほどに。「馬鹿、何やってんだ」顎をとらえられて次に視界に入ったのは綺麗な橙。
自分自身、馬鹿だとわかっていても人から言われるといっそう悔しかった。腹立ちと焦り交じりに力の限り顎をとらえる手を振り払う。

「冬獅朗」

ひたり、と、静かに名前を呼ばれて喉が鳴った。
呼ぶな、呼ぶな、と心の中で叫ぶ。口に出して言わないのは何かがぎゅうぎゅうと押し寄せて声にならないから。悔しいから。くそ、とできる限り力をこめて喉から声を出そうとしても欠片も出ない。それが何より悔しく、悲しかった。

「…泣くなよ」

泣く?だれが?おれが?
鼻で笑って顔を上げると、滲んだ視界が広がった。その瞬間で全てを理解して、笑顔を引っ込める。皮肉な笑顔を引っ込める。
泣いていたのだ、本当に。胃の中が熱く、まるで数日間何も食べていなかったかの如くきりきりと痛んだ。
そのまま抱きしめられて、橙が近く目の横で揺れる。薄く引かれた布の向こうで、雨が降っているのが感じ取れた。音だ。音が何の迷いもなく静かにサァサァと降っている。
この不快な気持ちを晴らすどころか逆に沈めてしまった天候をうらみながら、ただ静かに流れる涙の終わりを確かめた。止まる気配すら見せない。
どうしてだ、と口にして叫んでしまいたかった。

十番隊舎にはただ、ふたつの影。他には何も無い。
十番隊舎にはただ、ふたつの息。他には何も無い。
十番隊舎にはただ、ふたつの、そう、ふたつの。ふたつの、存在だけだった。

ほしかった。それ以上のものがほしかった。あの長身がいなければ意味なんて無かった。無かった。



ピカァ、と雷が鳴り、外を明るく照らす。その瞬間、障子に映りこんだ影に目を見開いた。体を包み込む腕を振り払い、走る。長いこと膝で床に立っていたから、関節が痛かった。
冬獅朗、と後ろで誰かが叫ぶのも無視して走る。右手には愛を。左手には刀を。どちらを向ければいいのかわからなかった。顔を見て、ただ顔を見て、そして全てを決めようと思った。

「ギンっ…」

ほろ、と口から零れた言葉があまりにも懐かしいものだから笑ってしまった。
それから障子の戸を力の限りあける。――そこには、何も無かった。
確かにあったはずなのに。見えていたはずなのに。

かくり、また沈みこみ、後ろから歩いてくる、伸ばしてくる一護の腕を今度こそ払いのけずに受け入れる。正しくは受け入れたわけではなかった。抵抗する気力も何も無かった。
静かに一護が障子を閉めるのがわかった。隔離された部屋の中で、途端に声をあげて泣き出したちいさなこどもに、どんな言葉をあげればいいのかわからず一護はただ困惑した。

ただ、泣きたいままに泣かせてやった。







欲しかった