「俺がもしお前を殺したいと言ったらどうする?」
興味が沸いたので聞いてみた。
すると目の前を能天気に歩いていた長身の男はふと立ち止まり、思い出したかのように顔面に落ちてきた花びらを摘む。ひとつ。桜色をしていたから桜なのだろうと思った。あまり花の色に詳しくは無い。
きれいだね、カランコエ。藍染が言った言葉にふと首を傾げた。からんこえ?疑問が口に出ていたわけでもないのに彼は振り返り、白銀の髪の毛にその花びらを添える。驚くほど甘ったるいにおいがした。
「カランコエ、似合うね。君には明るい色が似合う」
「藍染気持ち悪い」
ぱぱぱ、と指先で花びらを払って廊下に落とした。不服だと言うように一斉に風が吹き荒れ、思った以上に強烈にカランコエの花びらが吹き飛ぶ。冬獅朗の顔面を吹雪のように襲うかと思ったそれは、藍染の胴体に阻まれた。
また、甘ったるいにおい。こいつか?と顔を上げる。目の前の柔和な顔は何一つ変わらなくて、だからこそいらいらした。
「たしかね、2月25日の誕生花だったと思うんだけど。いいね。その日の誕生石は翡翠だよ。君の瞳と一緒だ」
触れる距離にまで近づいていたことに気付いて急いで体を離すも、長い腕に掴まれて問答無用で腹に押さえ込まれた。ふ、と苦しみに息を吐き出す。
あいぜんきもちわるい。2度目。顔を上げて苦笑するその顔に手を伸ばす。それから不思議そうに目を丸める彼の、あまり肉付きの良くない頬を引っ張った。
「いひゃいな、ひひゅがやふん」
「きもちわるい」
「きみ…………」
ふと眼鏡の奥の瞳が、悪戯をする子供のようにきらめいた。嫌な予感と共に瞬間的に手を離すも遅く、がっちり胴体を掴まれる。かと思えば米俵のように肩に担がれ、暴れるのも些細だと言わんばかりに笑われた。笑われること自体が嫌いな冬獅朗にとって屈辱以外の何ものでもない。さんざ喚く。
「藍染離せ、藍染死ね、藍染消えろ、藍染きもい」
「はっはっは日番谷君、結構僕傷ついてるよ?」
暴れるままに暴れて、ふと動きを止めた。その様子に怪訝を覚えて顔を上げる。顔の直ぐ横にある小さな胴体をとりあえず撫で回してみた。こういった加齢を匂わせる行動が冬獅朗に嫌われる原因の1つだと、未だ気付かない眼鏡が1人。
「おまえにも、ついてる」
紅葉のような手が伸びた。ふ、と、こめかみに爪の感触。藍染が一瞬震える。気付かれないほどに僅かに。(生憎彼は人に触れることはできても触れられることには慣れていないので、慣れる予定も無いので、いつどこで誰が自分の命を狙っているかもわからないので。)
何も気付かない、あえて気付かないふりをしているかもしれない冬獅朗は何食わぬ顔でカランコエを一つまみ、そのまま廊下に落とした。それからは無言で運ばれるままになる。いっそ落として欲しかった。そうしたら、逃げられるのに。
「あの花びらさ、」
「ん?」
「俺じゃなくて、お前みたいだよ」
ぽつりと冬獅朗は呟いて、それからは何を聞いても押し黙った。
まるで不思議な魔法に掛けられたようだと藍染は喉の奥で笑う。心は冷えていた。
(ちがうよ、日番谷君)
ゆらりゆらりと揺られている彼は微塵も気付きなんかしないだろう。
はらりと落ちたカランコエにひとつ視線を送って、もう一度笑った。藍染?なんでもないよ。呟いて、また担ぎなおす。
(ちがうよ)
(それは勘違いだ。日番谷君。そういえば質問に答えることを忘れていたな。)
あの花が僕であるはずが無い、だって、
(『僕も君を殺したい。日番谷君。』)
いつだって望んでいる。
カランコエ…花言葉:あなたを守る
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