もしもヒル魔さんが動物だったらなんなのだろうと考えて1日寝ないで過ごしてしまった。
我ながら馬鹿だと思う。けれど、どうしてだろう。それだけ悩んだにも関わらず、彼にしっくりくる動物はいなかったのだ。
猫と犬と小動物は問答無用で外すとして、他に…。とりあえず草食でないことは明らかだとして(だっていろんなヒトを脅すときのあの餌を狙う肉食獣の瞳と言ったら!)何が当てはまるのだろう。
ライオンは体格的に違う。豹は足の速さ的に違う。以前誰だったかに教わった、モグラもアリクイもカワウソもペリカンもクモもカマキリも肉食だというのも全部当てはまらない。
悩んだところでセナに得があるかというと、全く無い。面白いほど無い。けれど、気になるものは仕方ないのだ。一度気になってしまうととことん気にしてしまう傾向がセナには少なからずあった。
うんうん呻ったまま登校すると、まずモン太に心配された。大した悩みじゃないと答えたが、モン太は一向に信じない。でも本当に大した悩みではないのだ。ここでそうだモン太、ヒル魔さんを動物に例えたら何だと思う?などと聞いてもよかったのだが、自分ひとりで考えたい。他の人間の意見を聞くと、どうしても思考がそっちにいってしまいがちになるからだ。

「なんでもないよ、大丈夫」

曖昧に笑顔を浮かべる。それがさらにモン太の不安を煽ったことに、セナは気づかなかった。






「糞チビがおかしい?」

いつの間にこの場所にいるとばれていたのか、昼休みに屋上に上がってきたモン太を見てヒル魔は眉を寄せた。
それからモン太の放った言葉に、さらに眉を寄せる。「そうなんスよ、今日朝からずっと何か考えてて、なんかあったのかって聞いても答えてくれねぇし」久しく見る彼の慌てぶりに、ただ事ではないと考える。
食べきった昼食のごみをモン太に預ける(もとい押し付ける)と、足早に階段を下りた。
セナのいる教室を開ける。一瞬にしてセナ以外の生徒が教室を出て行った。かえってスッキリした、とつかつかと歩み寄る。

「あ…」

「…」

確かに、いつもより元気が無いように感じられた。
頭を掴んでうつむきがちな顔をこちらに向けさせる。「、ッ」いつものように目を合わせない。少しだけイラついて、半ば無理矢理キスをした。

「ッ…!なにするんですか、ヒル魔さん!」

教室にヒトがいなかったからいいものの!
ぷりぷりと怒るセナを見て、やはり気のせいか、とも思う。
ここは単刀直入に聞くべきかと思い、黒い瞳を力強く覗き込んだ。

「何かあったのか?」

「…!」

焦って急に視線をそらしたセナを見て、気のせいではなかったと確認をする。
それから、再び問いかけた。「何があった?」ヒル魔の瞳に脅しではなく、心配の色が浮かんでいることに気づきセナは目を丸める。

「か…、勘違いです!」

しかし、セナが言葉を発するたび、余計な不安を煽っていた。
ますます眉間に力をこめたヒル魔に、観念したようにセナははあああ、とどこぞの三兄弟のような声とため息を出す。

「…動物を、探してたんです」

「は?動物?」

眉を顰めたヒル魔にこくんと頷き、それから胸の前で手を組んだ。「…怒らないでくれますか?」無意識だろうがその上目遣いに、ヒル魔は負けたようになりながらもああ、と返事をした。

「ヒル魔さんを動物に例えるとなんなんだろうなぁ、って」

「………………………はあぁぁああぁぁあ?」

今度はセナ以上に三兄弟の声を上げて、ヒル魔は思い切り眉を寄せた。
なんだそんなことでこいつはなやんでたってのか、とその言葉が頭の中で回り続ける。
あっけに取られるを通り越して馬鹿だこいつ、まで達したあたりでセナがぷうと頬を膨らませた。馬鹿にされているとわかったのだろう。

「そ、そんな顔しないでくださいいい!」

「…って、言われてもな…」

あまりの馬鹿らしさに言葉も出ない。
すねた顔を少しだけ眺めて、それから謝罪を口にした。こんなこと、誰の目にも見せられない。

「で?俺に合う動物は見つかったのかよ?」

苦笑したまま問いかけると、セナはぷう、とむくれたまま首を横に振った。肉食動物まではしぼれたんです、と言うが、それでは先に選択肢が広がりすぎていた。
へええ、と言いながらセナの肩に手をかける。

「?」

「俺がどんな動物かなんて、お前が一番わかってんじゃねーのか?」

そうっとあいた手で顎をとらえて、唇に息がかかる距離で呟く。

「俺はお前を食う、立派な人間って動物だろーが」

「………………ッ!!!!!?」

急いで肩を押しのけながら、「人間は人間でしょぉーっ!!」思い切り突っぱねるが効果がない。
寧ろ人間も動物なんだよ、とご最もな答えを返されてうぐぐ、と口をつぐんだ。
覆われる唇の感触を認識して、急いで目を閉じる。きっと今彼は肉食獣の瞳をしているのだろうなと思った。
ああもう、卑怯者…と考えながら、途端に眠くなってくるのを感じる。

(あ、そういえば僕…寝てなかったんだ、った、)

気づけば思考は、すとんと落ちた。




(…信じらんねぇコイツ寝やがった)

くったりしたセナを腕の中に抱え上げて、ヒル魔は息を吐いた。
寝ないほどに考えたのか、と思う反面、どこか嬉しかったりする。ぐるぐると獣の目をセナに向けて、薄ら笑う。
起きたら覚悟しやがれ、そう呟くと、セナは心底嫌そうに呻ったのだった。