「はは。」
隣に居た男が急に笑い出して、俺はきょとんと首を傾けた。
長い腕が伸びて俺の首に引っかかり、そのまま重力にしたがって倒れこむ。随分と弱弱しい力だったから、倒れる瞬間はひどくゆるやかだった。
どうしたんだよ、と聞こうにも、男には一切の動揺が見られない。そして隙が無い。多分何を聞こうにも、答えてはくれないだろう。
だったら聞くだけ労力の無駄だと、俺は目を閉じる。口を閉じる。眠る事にした。
穏やかな寝息が聞こえてきと思って、ようやく顔から表情を消した。
夢を見た、のだ。あまりに穏やかで悲しい夢を。それともこの先自分が行う離反を反映してしまったのだろうか?
腕の中には可哀想だと思えるほどに優しい表情をして眠る子供。なにも、不安などない。なにひとつ。
夢の中で彼は笑っていた。
笑って、そっと手を伸ばして。それから手を離した。どこにいくの、と訪ねると、彼は首を横に振ってさあわからないと呟いて。
じゃあせめてつれてってほしい。そんな愚かな願いを口にすると、馬鹿じゃねぇの、つれていかねぇよ。そう言って彼は笑って、(とてもとても穏やかに笑って、)まるでもう2度と目の前に現れない。そんな風に、手を振った。
手を横に振って、そして下ろした。なんとなく、もう会えないんだと思った。追いかけることも許されないと思った。
どこに行くのかを聞くことも許されないとなんとなく悟ったその頃、彼はもう遠く離れた場所まで歩いていて、追いかけることも許されないと思ったのだから、もう静かに見送ることにした。
死ぬ事も許さねぇよ。そう言われた気がした。こうして、置いていかれる側の気持ちを痛いくらいに考えて、いやになるくらい重荷になって。そして疲れたら、―――。
もうその先が聞こえないくらい彼は遠くに行ったはずだったのに、最後の言葉はやけに轟いた。だからこれは懺悔なのだと。お前を、そして俺を同時に糾弾する言葉だと。
俺はお前を置いていく。なにひとつ、残してなんてやらねぇよ。
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