つまりひどく焦がれていたという。

わたしは白いカーテンの隙間から覗く白い頭をじいっと見ていた。それから思い出したかのよう に手にしていた昼食を持ってそぶりだけドアをノックする。数秒も経たないうちに返って来た返 事はどこまでも柔らかく、切なく、甘く、焦がれそうなほどに純粋だった。わたしはそれを耳に 入れて頭の中に保管してからそっとドアを開ける。片手に余るほどの大きさの昼食でも事足りる ほどの胃の持ち主ではなかったのだが、足りなければまた持ってくればいいのだろう。彼に近づ くチャンスが増える。わたしの微笑みの分だけ彼の微笑みも増えて、それからそっとわたしは足 を踏み入れた。



(暗転)


















































彼は名前を忘れていた。私が教えた。「あれん・わーかー」拙いイントネーションで何度も何度も口にしていたようだが、恐らくもう忘れているだろう。なんど私が教えても、まるで無かったことのように。私はそれが悲しくて、愛しくて、何度も何度も同じことを繰り返した。「あれん・わーかー」今日も忘れていたようで、私は当たり前のように名前を教える。「あなたの名前はアレン・ウォーカー」「あれん・わーかー」「ウォーカー」「をー、かー?」ことんと首をかしげて彼は疲れたように目を擦った。それから私が止める暇もなく昏々と眠りの世界に沈んでいく。私が止める暇もなく。何の暇もなく。



(彼の意識は暗転、)









































私の隣に不愉快な存在が立ちだしたのはつい先日のことだ。傷だらけで髪の毛が橙色の男は私を見るなり眉を寄せて私と彼を引き離そうとした。彼はひどく乱暴に私を殴り、それからふざけんじゃねぇと怒鳴り、まるで汚いものを見るように目を細めた。ドア1枚隔てた向こうで彼が私を待っている、行かなきゃ。そう思って私はその男の鳩尾に蹴りをぶち込み、男がうなっている間にドアを開けて彼のもとへ飛び込んだ。彼は私を見て微笑む、だから私も微笑む。その循環でぱっと嫌な気持ちは霧散した。私は彼にまた名前を教える。「わーかー」「違う、ウォーカー」何一つ変わらない日々があの男の存在で変わってしまうのが恐ろしくて、私はそっとドアをにらみつけた。




(変わらない日を望んでいたのに、)













































じめじめとした雨が降る、そんなある日だった。私は彼の服を洗濯しながら外を見つめ、あの男がいつ現れるかについて悶々と考えていた。彼は部屋の中でじっとしていたかと思うと急に外の気候に興味を持ち始めて、雨をずうっと眺めている。私はそれを見て微笑み、残りの洗濯物を干し始めた。じっと外を見ていたはずの彼が急にきゃらきゃらと笑い出したのでその手を止めてどうしたの、と問いかける。彼は細く白い指先をそっと伸ばして外を指差した。あの男だ。私は嫌悪感に満ちた表情を浮かべて彼の首根っこを掴み部屋の中に引き戻した。気付けば彼はぎゃあぎゃあとわめき散らして外に行きたいともがくので私はさてどうしようかと泣きそうになりながら考えた。



(男は門前払いに決まっている)











































私の歩く道の先にあの男を見つけて、私は反射的に持っていた買い物袋を投げつけて逃げていた。「待て!***!」追いかけてくる声が聞こえるけれど、誰かの名前を呼んでいるけれど私は立ち止まらない。当たり前だ。そのままぐんぐんと逃げて彼のいる家まで走った。持久力のある体でよかったと思いながら鍵を閉める。と、鍵を差し込んだ瞬間に大きくドアが開いた。「アレンを返すさ、***」まるでノイズがかったように何を言っているかわからない。恐らく彼は私の名前を呼んでいたのだと思う。「何であなたに返す必要があるの!」怒鳴り返してドアを閉めた。男の足が入り込んでいて閉まらない。血管ごと詰めてしまいそうなほど強くつよくドアを引っ張ったけれど、男はひるまなかった。「アレン!」彼のいる部屋に大きく声をかける。「アレン!出てくるさ!」「ちょっと、なにしてるの!」あのこが起きちゃう、やめてよ。私は泣きそうになりながら男の体をどついた。

「ラビ?」