新はゆっくりと部屋の障子を開けた。
するする、と、板と床のすれる音がして部屋の中が露出していく。
何も無い部屋だった。
勿論台やふすまは残っている。台の上に置かれた花瓶もそのままだ。しかし新の入れた事のある花は流石にもう無かった。
折角貰ったのだからドライフラワーにでもしよう、と沖田は笑った。しかし作り方を教えても出来なくて、結局諦めてしまった。
すねた沖田に、花なんかいくらでもあげますからと言ったのを覚えている。季節が変わるたびに、それを持っていってあげます。
それを言った後、沖田はひどく嬉しそうに新を抱きしめた。約束どおり花を持っていけば、丁寧に花瓶に入れてくれたことも覚えている。
人知れず新は笑っていた。それに気付き、口元を押さえる。
まるで目の前に沖田がいるようだった。そして、花は?と尋ねてくる声も聞こえるようで。
「今日は、持ってきてないんですよ」
ぽつりと、まるで謝罪するように呟いた。
そして、障子を閉めて中に入る。
沖田の匂いが残っているようで、目を閉じた。傍にいるような感覚に陥って、また微笑む。
目を開くと何も無い部屋が残っているだけで、少し、淋しかった。
―――もし、淋しくて耐え切れねェ事があったら、俺の部屋を漁ってみなせェ。
あの時耳元で呟かれた言葉。
一瞬何を言っているのか解らなかったが、すぐ頷いた。
その後に、付け加えるように言った言葉にも頷いた。
―――それでも淋しくなったら、俺のことだけ考えてろィ。
そんなこと。
貴方のことを思えば思うほど淋しくなるのに。逆効果だよ、と思わずにはいられなかった。
やはり寂しさは残っていて。漁る、と言う表現が好きではなかったが、きっと何かしら沖田はこの部屋に隠したのだろう。
意地悪なあの人にふさわしい慰め方だと思った。
立ち上がって、まず怪しげな台を探す。ひっくり返してみると、いきなり白い紙を発見した。
台の裏にセロテープで止めてある。それをはがして開くと、大きな紙に大きな字で「はずれ」と書いてあった。
そしてその下に「残念賞」と書いて、写真が貼ってある。沖田と新の写真だった。
(あ…)
昔、近藤が持っていたポラロイドを沖田が勝手に使ったのだ。勿論近藤は泣きながらチクショオオォォォ、と叫んでいた。
その時の写真。屯所の庭で撮ったものだ。2人仲良く寄り添って、笑っている。沖田が手を伸ばして撮ったものなので、距離が近い。
その写真もはがすと、写真の裏に「ヒントは花瓶」と書いてあった。これでは答えでないか。
花瓶を手にとって周囲を見回し、中を探ると案の定白い紙が出てきた。
先ほどより小さめの紙だった。開くとそこにはやはり「はずれ」の字。
そして今度は写真ではなく指輪が入っていた。思い出す。昔屋台で沖田が買ってくれたものだ。無くしてしまってひどく落ち込んだのを覚えている。
買いなおしたのか、見つけたのか。それは解らないが、とても嬉しかった。早速嵌めると、指先で玩具のガラスがきらきら光る。
そしてはずれの字の下には、「ヒントは掛け軸」と書いてあった。掛け軸、と顔を上げると、しまわれたのだろうか、お床の上に掛け軸の箱がちょんと置いてある。
開けば、ずるずると長い掛け軸が出てきた。そこには普通の絵や字ではなく、明らかに沖田の字で「はずれ」と書いてある。
これは頑張ったのだろう。そして開き続けると、最後のほうにはまた写真が。
これもポラロイドで撮ったものだろう。思い出した。沖田がふざけて新にキスしたときに、さっと撮ったものだ。
よくもあんな早業が出来るものだと思っていたのが懐かしい。
そしてお決まりの字。「ヒントはふすま」。
ふすまを開けると布団が綺麗にたたんであった。もしやと思ってふすまを一枚取り外すと、やはり一面白い紙。
よほど手が込んでいると言うか。大きな字で「はずれ」と書いてあった。
よくもまあこんなことできたと思う。そして今度は何だろう。白い布が貼り付けてあった。
「!」
理解できた。隊服のスカーフだ。
以前、そのスカーフ綺麗ですね、と言ったことがある。恐らくそれを覚えていたのだろう。
そう言えば最後に会った沖田はスカーフをしていなかったような。あの時は気が動転しすぎていたのでわからなかった。
それからやはり次のヒント、かと思ったら、今度は書いてあることが違った。
「最後のいっこは自分で探しなせェ」と書いてある。最後のいっこ。
自力で探せなど、結構白状ではないか。そう思ったが、確かにヒントに頼ってはいけないと思い顔を上げる。
あらかた怪しいところはつぶしていったのだ。だとすれば残りはどこなのだろうか?
ぐるりと辺りを見回す。そして立ち上がると、布団を取り出した。
怪しいところは何も無い。少し沖田の匂いがする。微笑んでしまうと、ふすまはシロだと考えた。
お床の上にはもう何も無い。天井も見上げてみるが、何も無かった。
台を再び調べる。隠し引き出しとか無いかと探してみたが、当たり前に無かった。
花瓶も底を見つめてみるが何も無い。
どこに何があるというのか。ううう、と唸ると、はっと気付いた。
「まさか…、電灯の上?」
思えば即実行。手が届かないので台を踏み台にさせてもらう。そして見てみれば案の定、埃がきれいさっぱりなくなっていた。
手を滑らせて台の上を探る。すると、指先が何か硬いものにあたった。
「…これっ!?」
取り出すと、今度は少し厚い紙。少し真面目な字で「新へ」と書いてある。どうやら手紙のようだ。
台から下りてもとの位置へ戻すと、ぺたりと畳に座り込んだ。
開く。心臓がどきどきして仕方ない。いつもより少し真面目な字。新は手が汗ばんでいるのを自覚した。
いつもの飄々とした口調では書いていなかった。至極真面目な、懇願するような文面。
「…沖田さん…」
―――新へ
恐らくお前は台から探したと思う。
ここを見つけるのも簡単だったんだろう?
あれは本当なら畳の後ろにでも隠そうと思った。けど多分新じゃ探すのは無理だと思ってやめた。
(もう、ひどい)
――なあ。
俺は真撰組だ。
だから戦場に行くことも、勿論覚悟してた。
けど、お前に会って変わっちまった。
お前のせいだ。
(え、私のせいなんですか?!)
――けど、後悔はしない。
お前は殺生が嫌いだから、一人でも人間が助かるなら後悔はしない。
きっとお前のことだから、真撰組が動かなかったら自分でやりますとか言うんだろう。
俺は俺なりに、お前の守り方を貫いてきた。
それがお前を傷つけたか喜ばせたかは知らない。
(私、喜んでましたよ?)
――俺は死なない。
土方さんがお前に何を吹き込んだかは知らねえけど、俺は死なない。
たとえ前線務めようが、1番隊を引き連れてようが、厄介な敵相手にしようが。
だって、俺が死んだらお前が泣くんだろう。
悲しんで泣いて泣きまくって、それで何もかも背負い込んで笑うんだろう。
俺にはそれが見てらんねえ。だから生きる。生きて帰ってくる。
(沖田、さ、ん)
――だから、待っててほしい。
近藤さんに話をつけてもらったから、俺は今からお前に会いに行く。
それで、約束を交わす。お前に約束を押し付ける。
お前に拒否権は無い。俺の約束を守れ。
それでも俺のほうが約束を守ることが出来なければ、
それは無いからやっぱりお前が約束を守れ。
(何ですか、それ…)
――お前には、いろんな迷惑をかけると思う。多分これからも。
だから、俺がいない間に覚悟でもしときな。
帰ってきたら、お前の我儘ひとつ聞く。それも考えときな。
なあ、新。俺はお前を愛してる。
愛してるから、愛しすぎてるから、俺がお前から離れらんねえんだ。
だから、死ぬことは無いんだ。
安心しろ。それからたまには名前で俺のことを呼べ。
沖田総悟
「総悟、さ…」
涙がこぼれた。
どうしてこの人は、こんなに自分を嬉しくさせるのだろう。悲しくさせるのだろう。
そう、あの人はこんな人なのだ。自分を置いて行ったりしない。
私だって貴方に負けないくらい貴方を愛しています、と本人の前で言ってやったら、あの人はどんな顔をするだろうか?
絶対に帰ってくるのだから。だから、こんなに悲しむことは無いのだ。
(あなたが、)
貴方のせいです。
貴方のせいで泣くんだから。だから、早く帰ってきて責任とって私を泣き止ませてください。
そう思えば届くのだろうかと、呆然と思った。
手紙をたたんで、心の中に残る充実感をかみ締める。スカーフと写真を纏めて持つと、立ち上がった。
涙を拭って障子を開けようとする。その時だった。
ガラリ!といきなり障子が開いた。びっくりして目を見開くと、ひどく慌てた土方の顔。
開けないでって言ったじゃないですか、と言おうとしたが、それは土方の声に掻き消されて声にならなかった。
―――1番隊が突破された。
|