12月。
月日は早いものだな、と思う。新は息を吐いた。
沖田が戦死したと言う知らせを受けてから2ヶ月。もうそろそろ世間で言う「クリスマス」になろうとしていた。
全く世の中の循環が早すぎて新にはついていけない。それでもここにとどまるのは、沖田を待ち続けるため。
相変わらず土方は家に来たし、自分も屯所に向った。今まで何度か顔をあわせていた隊の人間が何人かいないことに、心の奥がちくりと痛んだ。
新は差し入れを持ってくると同時に、沖田の部屋に訪れていた。部屋に入って花の水を移し変える。
それを毎日繰り返し、季節が変わるから花を変え…。
クリスマス当日。
新はそれほど浮かれているわけではなかったが、こういう日くらい沖田の部屋の花をクリスマスっぽくしてみようと考えた。
勿論差し入れもいつもより少し多めに豪華に。土方はいつもおいしそうに食べてくれるから嬉しい。
他の隊士達もいつも新にかまってくれるし、本当に屯所はいい人間ばかりだと思った。
差し入れを抱えて、庭から華やかな花を1本2本とぬいていく。新聞紙に包むと、それに飾るため小さな飾りを一緒に入れた。
からりと下駄を鳴らして進む。
家の門を出たら曲がろうとしたところで、不意に男にぶつかった。
「わ」
驚いて体のバランスを崩す。
それを男が支え、新は倒れずにすんだ。
「よかった…ありがとうございます」
身のこなしから只者ではないと感じ取った新は頭を深々と下げる。
そして顔を上げて顔を見ようとした。
「え?」
眼帯をしている。右目がどうかしたのだろうか、眼帯の上にさらに包帯を巻きつけていた。
その包帯にまぎれるような綺麗な髪の毛。着ている服はそこらの男でも着用している袴で。
いつの間に落ちたのやら、花に添える飾りが落ちていた。それを男が左手で拾う。指先も絆創膏が貼ってあった。
顔を上げた男が、飾りを新聞紙の中に放り込む。
「何で………」
新が呟いた。聞こえないほどの小さな呟きだったが、男には聞こえたらしい。
「何で、って、何だィ」
にやりと口角の上がる男を見て、新の手から一切のものがなだれ落ちた。
折角拾ったのに!と男がすねる。しゃがんで全部かき集めると、新の手に力が入っていないことに気付き全て地面に纏め置いた。
「何で」
新は再び呟く。
その顔は無表情だ。しかし、目が濡れている。
「―――約束、だったから」
男がぽつりと呟いた。
その呟きが合図のように、新の目から涙があふれる。
「…泣くんじゃねェや」
男が右手を伸ばした。
左手とは違って、右手は綺麗なものだった。
その指先が撫でるように新の目元を拭う。
「総悟、さ…」
「新」
言うなり新の頭を抱え込んで抱き寄せた。
新は涙をぼろぼろと流し、最早声になるのかわからない声を上げている。
男――沖田は、その新の頭に、額に口付けをして、新が潰れる位抱きしめた。温かい感覚に沖田は笑う。
新、新。
もう離さないで、もうどこにも行かないでと泣き続ける新を抱きしめて、沖田は新の顎に手を添える。
顔を上向かせると、涙を拭って口付けた。舌を絡めて角度を変え、何度も離しては口付ける。
ん、と新が声を漏らす。涙が止まらなかった。
あいしてる、そう呟いたとき、新が沖田の首に手を回した。
―――雪が、静かに降り始めた。
目を開くと、そこは真っ暗闇だった。そして、体が重たくて仕方が無かった。
沖田は訳がわからず起き上がろうとする。ずきり、と腹が痛んで再び地面に倒れこんだ。
気付けばいつの間にやら手当てがされていて。何があったのだろうと不思議に思いあたりに視線を滑らせると、僅かな光を見つけた。
そこに手を突っ込んで這い出る。すると、そこは血の海だった。
見慣れた隊服がごろごろ転がっている。そして、切り倒された攘夷派の人間も。何があったのだと目を見開くと、視界の端で人間が動いた。
反射的に腰に手を伸ばす。刀が無かった。
仕方なしに振り向くと、そこには最後に自分の名を叫んでいた隊士の姿が。
「おい!」
大丈夫か、と叫んで駆け寄ろうとするが、体中が痛んで仕方ない。
その隊士も深手を負っているようだった。腕と足からとめどなく血があふれている。
どう考えてももう助かりそうに無かった。このまま失血死だろう。
這うようにそこにたどり着くと、よかった、と隊士が呟いた。何が、と問いだすと、隊長が生きていたと笑う。
自分の上に乗っかっているものは、皆隊士だった。隊士が自分を庇っていたのだ。
「何で…」
そう聞くと、だって、と隊士が息も切れ切れに言う。
「貴方が死ぬと、あの人が、悲しむから…」
「―――――!」
何故、と口を開こうとした時、かくりと隊士の頭が下がった。
死んだ。そう理解して、力なく倒れこむ。
あの人、とは誰を指すのだろう。そんなものとっくの当に解っていた。あれだけ脱走を繰り返していればそりゃあ隊士の頭にインプットされるだろう。
そんなもの関係なかった。悔しい思いをする。
しかし、同時に物凄い幸福を感じた。まだ、会える。まだ生きているのだと。
そこらの攘夷派の人間の持っていた刀を奪い取り、それを支えに立ち上がる。
安全なところへ。もしかしたらまだ敵が残っているかもしれない。この状態では戦えない。
そう思い、路地に入り込んだ。犬が寄ってきたが、俺は食べもんじゃねェぞと言うと残念そうに逃げていく。
死ぬわけには。絶対に死にはしない。
誰かは解らないが、髪の長い、顔の造作の整った男が、自分を発見してこちらに歩いてくるのが見えた。
やくそくだから。そう沖田は呻いた。
死ぬわけには行かないと。だから助けてほしい。
男はわかってると呟き、適切な処置を施した。
愛する女が待ってるんだろ?そう痛みに呻いた時呟かれ、沖田は歯を食いしばった。
当たり前だ。
アイツを凍え死にさせないために。
俺が行かなければ。
俺が行かなければ―――――――。
end
終わりです。
最後に沖田を助けたのは、ホラあの、ヅラじゃないのにヅラの人(出てる)
イメージソングは坂本龍一の、戦場のメリークリスマスで。いい曲です。
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