きみがいなくたって












「お、いい女はっけーん!アレーン、ちょっと俺行ってくるさ!」

途端走り出した嬉しそうな背中に、一瞬の困惑と驚きを混ぜた声をかける。
けれど全く気にした様子も無くさっさと進んでいってしまった。馬鹿。僕は声にしないままそれを呆然と見ていた。

任務も終わって、次の電車が来るまでこの街に泊まろうと話をしてまだ数分も経っていないうちにあの行動。彼はけしてアクマが見えるとかそういうものじゃないのに、どうしてこうもあっさりとあんな行動をとってしまうのだろう。
まあ僕が見た限りあの女の人はただの人間。そこまで心配する必要も無いだろう、と思って背を向けた。探索部隊の、名前は確かタシキさん、だったかな。タシキさんは不安そうな顔で僕を見る。大丈夫ですか?って。

「大丈夫ですよ。どうしたんですか?」

からりと笑って僕はそれを流した。これ以上何かを話していたくなかった。「さっさと振られて帰ってきますよ、あの馬鹿兎は」そう呟いて部屋の鍵を手に取り、階段を上っていく。
いえそういうことじゃないんですけど、と小さな声が聞こえたけど僕はそれを無視した。タシキさんが戸惑ったように数秒僕の背中を見ていたようだけど、すぐその視線は剥がされる。

「俺、ちょっと探してきます。近くにいると思うので」

言うなり外へ出て行った。はあ、と僕の短いため息。なんでそこまでするんだろう、そんな必要ないのに。

「そんなことしなくてもいいのに。きっと彼は大丈夫ですよ」

僕は呟いたけれどタシキさんには聞こえていないだろう。言い聞かせるように再び呟いた。「大丈夫ですよ」もう一回、呟いて。大丈夫ですよ。大丈夫ですよ。




好きな人間ができるというのはいいことだ。恋や愛は人生のうちで重要なものだと思うし、それが無ければ人生が味気ないものだということもなんとなくわかる。けれど彼はそれすらも許されない、記録していくだけの人間。それを知れば可哀想だと思ってしまうのも頷ける、だろう?
だから僕は彼を止めないのだ。所詮仮初めの恋、だと思い込んで。本当は知っている、この感情がただの負け惜しみだって。
彼は可哀想だから彼の好きなようにさせてやる。なんて、何処の馬鹿のいいわけだか。

外で僅かに小さな音がして僕は反射的に顔を上げた。「ラビ?」呟いて、立ち上がりドアを開ける。誰もいない。誰も。短い息を吐いて僕はドアを閉めた。
それからコートを脱ぎ、ばさばさの髪の毛を手櫛で整える。ベッドに背中から倒れこんでそのまま首を傾けた。時計が視界に入り、短い針が12を差しているのが見える。まだ、12時だよ。もうそろそろ帰ってくるって。そう思って目を閉じた。
かちかちかち、小さな音がするだけで人の足音などしない。次第にこうして待っている自分が馬鹿らしく思えて目を開けた。もう寝よう。きっと彼は朝、帰ってくるだろう。
電気を消そうと立ち上がり、そしてふいにドアの向こうに何かの気配を感じて立ち止まった。「ウォーカー殿」小さな声に反応して首を傾ける。

「タシキさん?」

ドアを開ければそこには、探索部隊の服を着たままのタシキさんが立っていた。フードを被っていて顔は見えない。見えない、が、僕には見えた。

「………そんな!」

左腕を発動してタシキさんの頭からつま先までを貫く。皮が剥がれてアクマはただの屑になり、倒れた。恐らく、彼を探しに行く途中でアクマに殺されたのだろう。だからそんなことしなくても大丈夫、大丈夫だと、言ったのに。

「………」

崩れた破片を見ていると、数秒の後にだんだんと薄れて消えていった。残ったコートにそっと手を伸ばし、持ち上げる。それもさらさらと音を立てて崩れていく。ダイジョブ、アレン?そんな声が聞こえてきそうで右手で顔をおさえた。
手の隙間から時計を見ればあっという間に短い針は1の字をさしていて、僕はそれを見てただ茫然と呟いた。「ばかじゃないの」ナンパ成功、ですか、よかったね。
電気を消してベッドに沈み込んだ。明日彼が帰ってきたらなんて言おう、おかえり?馬鹿?もう知りません?…僕がよっぽど馬鹿じゃないの。
いつもどおりに、笑おう。おかえりなさいって。何も考えないよ。君は好きなように生きればいい。僕はただの傍観者で、君に関わることなんて生涯無いでしょうから。
だから君も僕の内側にもうこれいじょうはいってこないでよ。












泣けるし











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