幸せを考えるなら殺してやれと言われて思わず頷きかけてしまった。
最もかもしれない。だってあの子は自己犠牲の塊でいつでも無鉄砲でいつでも考えなしで――あれ、似たような意味。いつでも可哀想でいつでも苦しがっている、解放されたがっている。
じゃあ殺してあげればいいと言われて頷かない、わけにはいかない…わけでもないけど、そう思った。

「アチャ。そりゃちょっと酷すぎるんじゃないの、ユウちゃん」

「気色悪ィ呼び方すんな。…でも実際お前、今頷きかけただろ」

意外に耳聡い目の前の長髪を眺め、あさっての方向へ視線を逃した。追いかけるように彼のイノセンスが鼻頭をつつく。
後ろで待機するかのごとくじっとしていたリナリーは、はじかれたように顔を上げた。

「だ、めよ!仲間でしょ、そんなことして許されると思ってるの!」

なんともまぁ、正論だ。
しかし彼女も少しだけ、それが正しいのかも、と思ってしまったのだろう。少しだけ。少しだけ顔が赤い。
はらはらと舞い散る雪がやけに遠くに見えた。3日前。







「アレーン、誕生日オメデト」

「ラビ。…ありがとう、覚えててくれたんだ?」

「モチ!アレンの誕生日を忘れるわけないさ」

結局プレゼントが思い浮かばなかったり、する。
背中に汗を流したままさてどうするかと思案した。とりあえず目の前を歩いていたから声をかけてしまったけど。まさかこのまま素通りするわけにもいくまい。プレゼント…俺の心?いやいやブッ飛ばされる…と考えているうちに、横をすらりとアレンが抜けていく。

「アレン?」

「ごめんなさい、コムイさんに呼ばれてて…ありがとう、ラビ」

もう一度お礼を言ったアレンはそのまま背を向けた。助かったんだか、何なんだか。




「てことで、どうするかね」

朝食のプレーンオムレツを口いっぱいに頬張って器用に喋ると、マナーにうるさいリナリーの拳が飛んできた。
蹴りでなくてよかった、とだけ考えて急いで呑み込む。熱が喉を通り過ぎて腹に落ちた。
リナリーはもう用意したの、とどこから取り出したのか直径30センチほどの箱を取り出す。ラッピングされて、しかもやたら丁寧に扱われているところを見ると、

「食べ物。というか、ケーキ」

「あたり」

にこやかに笑ったリナリーはリボンの下に挟まれたメッセージカードを指差した。にこり。きれいな黒と白のコントラストにラメ。リナリーらしい。
手作りなの、と嬉しそうに笑うのを見て、あ、自信作なんだな、と思った。そりゃ失敗したものを人にあげるなんてこと、彼女はしないだろうけれど。
隣に座って静かに蕎麦を口するユウに一応声をかけてみる。「ユウは?」するとなんとも不機嫌そうに眉を寄せ数秒蕎麦をすすった後、顔を上げた。

「知らん。そもそもやる義理が無ェ。欲しがったら適当な菓子でもやる」

「ふーん、お菓子用意してるんだ」

「ばっ…」

言おうとした言葉を先にリナリーに言われて少しだけ呆気に撮られているうちに、リナリーとユウの舌戦が繰り広げられる。ぽかぁんと口を開いてそれからはっと気づいた。俺だけじゃんプレゼント決まってないの。
食べ物は既に2人が用意しているから被らない方がいいだろう。けれど、物理的な何かをあげようとなるととても神経を使う。ついでに当日にどこかに買いに行くなんて暇があるわけもなく。

(八方塞り…!)

両頬を掌で押さえて項垂れた。
いまだぎゃあぎゃあと言い合っている(主に言動の主導権はリナリーが握っている)2人を横目で見て、静かに食堂から出た。
とか迷っているときに限って、ばったり本人と出くわしたり、する。



「このパターンは…」

「…どうかしたんですか、ラビ」

「へやあえええへっ!?何でもないさ、それよりアレン、何か欲しいもんある!?」

「…へ?」

「あっ!」

うっかり口にしてしまったところで、アレンが目をきょとんと丸めたところで、口をおさえたところで、自分の言ったことの愚かさに気付いた。
聞いちゃったよ…と気分が沈んだ様子を見咎めたのかアレンはからからと笑い出す。

「わらうとこじゃない…」

「ご、ごめん」

だってなんか可愛くて。と言われて余計に沈んでいるとアレンは急に深く考え出した。お。意外に、聞いてみるのが正しかったらしい。
アレンはそうですねぇ、と口にして歩き出した。それを追いかける。



広い部屋――というか、食堂なのだけど。その真ん中に立つ大きな大きなツリーの上の、光を反射する星を指差してアレンはにこりと微笑んだ。なんとなく次に言う言葉が予想できて笑みを溢す。

「あの星、欲しいです!」

予想通りの言葉に、そして予想以上の笑顔に即座に頷き、誰かが怪訝な顔でこちらを見るのも構わずイノセンスを取り出した。
頂点まで伸びる。伸びる。伸びる――伸びて、直径20センチはあるだろう星を掴む。ごめぇん、と呟いてそれを取った。
すぐさま着地して待機していたアレンに手渡す。

「ありがと、ラビ」

「いーえ」

きっと後で返せと言われるのだろうけど。
それでも、口先だけの頼みでもかなえることが出来たのだから。喜んで俺は頭を下げる。

「メリークリスマス、アンドハッピーバースディ、アレン!」

なんだか泣きそうになって、急いで顔を伏せた。