sample1


 体のどこかに、視線を向けられているような気がする。
 思ったのはそれだった。
ここ最近感じていた、違和感とも、不快感とも言い切れない、不思議な感覚。決していやではないのだが良い気持ちもしないし、多少気になるだけで違和感と言うほどおかしいとも思わない。ごくごく自然な日常で、けれど以前より少し、受ける視線の数が増していたような気がして。
 最初は、俺が変なのかと思った。もしかすると社会の窓が全開だったのかもしれない。俺は正直なところ自分というものに頓着がなく、洒落た服だって自分から探して着ようとは思わないし、髪が多少はねている程度なら水で直すことすらしない。だからきっと今回も注意散漫あるいはものぐさなせいで、体あるいは身なりのどこかがおかしいのかと思った。
 けれど、誰からも指摘される様子はない。昼食をともにする谷口、国木田すら黙りこくったままだ。まさか正面きって言えないほどの不審点があるわけでもないし、そもそもそれならとっくのとうに自分で気づいている。だが、毎日毎週、放課後になると必ず訪れるこの妙な感覚。やはりあいつは、俺のことを見ていた。
「なあハルヒ」
「何よ、忙しいんだから用件は手短に」
 おまえの忙しいっつうのはパソコンでコスプレ衣装を探しまくることか。と、頭の中で愚痴を一つこぼしてから、俺、何か変か、と問いかける。唐突で妙な質問だが、ハルヒはくだらない、と一蹴することなく、ディスプレイから顔をあげて俺を見てくれた。ハルヒ特有の鋭い視線が、俺の頭のてっぺんからつま先までを往復する。
「あんたはいつだって変よ」
 出た結論がそれか。って、やかましい。
「……そういう回答は求めとらん」
「じゃああたしに聞くんじゃないわよ」
 かっと俺に噛みつかんばかりのハルヒだったが、溜息をひとつ吐いたハルヒは、意外なことに俺を真面目に見たあと「何もおかしくないわよ」と呟いてまた衣装あさりを始めた。正直朝比奈さんや長門に聞くより、ずっと信憑性のある言葉だ。朝比奈さんは俺に気を遣う可能性があるし、そもそも長門にはおかしいと思う基準があるかもわからないからな。その点ハルヒは、自分でおかしいと思ったことはおかしいと口にするし、俺を除くSOS団に対しての反応がとても素直だ。そもそも、誰かを騙すという目的以外で、嘘をつこうという概念すらないのだろう。



sample2


 おまえのことだよ、と考えると若干笑えてくる気もするが、やはり俺はだんまりを決め込む。あれ、そもそも俺は何を考えていたんだっけ。あーそうだ、古泉が俺のことばかりを見ているから。いや、それが俺の勘違いであれば恥ずかしい間違いで終わるのだが、もうすでに思い違いでは済まされない回数を数えてきた。「それで……」それを俺は勝手に、好意を持たれているためだと考えたのだが、なんにせよこいつは俺を見ているのだから理由があるのだろう。ちなみになぜ勝手に好意を向けられていると解釈したのかについてだが、もちろんそれにも理由がある。いくら俺だって、見られているというだけで俺って好かれてる?なんて勘違いするほど残念なやつではない。「あの……」古泉の視線が、俺を見ているその視線が、どうにも好意以外の何物にも思えなかったからだ。機関としての古泉が俺を監視しているとか、ただの古泉としての古泉(言っていて変だと自分でも思うが他に表現のしようがない)が俺に興味を持って観察しているだとか、そんな風には見えなかったから。「ええと……」だからつまり俺は、聞くタイミングを計り損ねていた。だってそうだろう。普通確証もないのに、同じ同性である男に向かってお前俺のこと好きなのか、なんで俺のことを見てるんだ、なんて聞けるはずがない。しかも相手は古泉ときた。こいつはたぶん俺が聞いても、うまくいろいろとはぐらかしそうな気がする。そりゃ聞いてみないとわからないが、はぐらかされる確率は非常に高い気がした。「もしもし?」だったらいっそのこと聞かないほうが、俺の精神衛生上ひどく良い気がしたし、はぐらかして古泉がはぐらかされてくれるなら、このままなあなあにしたほうがいいだろうとも思ったんだ。だってそうだろう。そんな、
「お前、俺のこと好きなのか」
 なんてなあ。