吐いて捨てるほど叩き伏せた。
ぐちゃぐちゃに乱れた制服を着直して、ごろごろ転がる隊士たちを足蹴にする。
本来ならば隊士の指導係は他にいるのだが、やり場の無い気持ちをぶつけたいがためにこうして理不尽に叩きのめしてしまった。
真選組一とうたわれる沖田が本気を出してかかれば何人束であろうと叶わないことなんて知っていたのに。辛うじて残っていた理性のお陰か、急所には当てていなかった。数日間は体中が痛むだろうが、痕は残らないだろう。

「…総悟、ここはストレス解消するためにあるモンじゃねぇ。気分が済んだら出てけ」

「…………」

いつの間に来ていたのか。それより、そんな忠告するならば最初からとめていればよかったのに。呆れか安堵かの溜息を吐いて、何も言わず道場を後にした。土方は最初から何も聞かない。何があってこんなことをしたのか、なんて。そんな意図聞かない。
かわりに頭が冷えるまでこの場に入れることはない。








「…え、あんつった?うちの新八君に会わせろって?どういう状態で?首だけがいいのか眼球だけがいいのか選ばせてやるわコノヤロー」

「そりゃ無いですぜ旦那、親友じゃないですかィ俺ら」

「ちょっとオォォ何勝手な関係つくり出してんの聞いてないよ俺ァ〜」

戸を開けた瞬間そこに立っていたのは常に死んだ魚の目をしている馴染みで、そして彼は今日、珍しく仕事に行くようだった。
丁度玄関から出ようとしたところに出くわしたのだろう、だが沖田の顔を見るなり室内に戻ろうとした。隙間に足を滑り込ませて戸が完璧に閉まるのを防ぐが、相手の力も相当なもので足の甲がギリギリと締め付けられる。骨ごと遮断しかねない勢いだ。

「…会っちゃいけない理由でもあるんですかィ」

「聞かれると困るんだけどねぇ、まあアイツにも色々あるから」

「理由になってませんぜ……」

ふう、と小さく息を吐いてそれから右手を伸ばした。
戸に自分に出しえる精一杯の力をこめて開くと、思っていたよりあっさりと戸は開いた。拍子抜けして、力んでいた足が滑る。倒れそうになる直前に銀時に支えられたのは良いとして、室内には誰の影もなかった。

「……いないじゃねーですかィ」

「うん、俺は足止めしただけ」

「は…?」

ぱ、と手を離して銀時は軽く背伸びした。
じゃあ仕事行ってこよっかな〜、と背後で伸びた声がしたが、沖田の視線は一点に集中している。薄く開かれた窓。どたどたと足音も荒く入り込み、窓の桟に手を掛けると案の定見慣れた黒髪が公道を走っていた。

「ッ、新八ィ!」

足を掛けて飛び上がる。並外れた運動神経で着地も軽く、その勢いのまま追いかけた。新八との距離は僅か数十メートルで、本気を出せば1分以内にでも追いつくだろう。
けど、沖田の足はなぜか鈍った。何故新八が自分から逃げるのか。その理由がわからなくて、知ってしまうのが怖くて――もしかしたら嫌われた?自分はこんな繊細な人間だっただろうか。

悩んでいるのが馬鹿らしくなってきて、こうなったら本人に問い詰めてやらァと折れない精神が発揮した。我武者羅に追いかけて路地に追い込む。
こっちに振り向く直前に背中に抱きついた。

「お、きた、さん」

「俺を嫌いになったんですかィ」

責めるような口調で言ってしまうと、多分新八は言いにくそうに言葉を濁すだろうから冷静に言葉を吐いた。
新八は何も言わない。久しぶりに触れた体はあんまり温かくなくて、寧ろどちらかと言えば冷えていた。
黙り込んだ新八の、答えを急かす。軽く喉元に指先を這わすと、ひくりと喉が震えた。

「……」

「…新八、」

「…ふ」

ぽつりと呟かれた言葉に耳を澄ます。その瞬間、驚くほど鮮やかな笑顔で新八が振り返った。何を考えていたのかと思うほど可憐で、綺麗な笑顔。
ふわははははっ!!!!と大きな声で笑った後、新八は腹を抱えてしゃがみこんだ。

「は……?」

思わず力の抜けた腕から、するりと新八が抜け出す。
追いかけようとしたその腕をつかまれ、逆に抱きしめられた。さらさらと癖の無い黒髪が頬を撫でる。

「試すようなことしてごめんなさっ……、ぶっ、くくっ…」

「…!?」

「追いかけて、ほしかったんです」

耳元でくすぐったく呟く新八の声が、今更じんわり体の奥にしみこんでくる。
懐かしい体温に体中の震えや緊張が、面白いほどに解けていった。言葉の意味を理解すべく、集中しようにも、嬉しさと困惑でなかなか集中できない。

「わき目も振らず、僕だけを、」

「…」

「追いかけてほしかったんですよ。」

しばらく沈黙が続いて、ふう、と短いため息のあとに新八の体温が離れていった。
離さまいとして腕に力をこめると、油断していた新八の鈍い悲鳴が上がる。少しだけいい気味。さんざ脅かしてくれたお礼だ。
ようは新八は、甘えたかったのだ。恐らく。この、沖田という男に。
誰にも甘えをみせないこの小さな子が、時折見せる少しの希望。それが自分にゆだねられたのだとわかって、みっともないほど嬉しい。それこそ、上司を使ってまで。
ぐったりと肩を落として、抱きしめる腕に力をこめる。

「…アンタには、いい意味で負けますぜ……」

「…??」

きょとんと首を傾げる新八のその、無防備な鎖骨に唇を落とした。
…こんな風に過ごす時間も、悪くない。