とくとくと心臓の音が聞こえた。
まだ発展途上の腕に包まれて、セナはそうっと目を閉じる。
とくんとくん。やわらかな心臓の音に安心して、それでもなんだかその音が物悲しい気がして、結局目を開いた。

寝ているのかな。だとしたら喋っちゃだめかな。そんな葛藤を頭の中で繰り返し、息を詰めすぎたせいで酸素不足になり急いで空気を吐いて吸い込む。
すると、頭上で小さく吹き出す音がした。
起きてるの?と問い掛けると、起きてるよ、と優しい声。なんだぁと思っても、口にはしなかった。
眠れないのかと問い掛けられて、素直に頷く。どうして自分が眠れないのかわからなかった。
そんなセナの頭の上にぽんと掌を置いて、陸は呟く。
じゃあ俺が、いっぱいいっぱい話してやるよ。セナが眠れるまでいろんな話してあげる。
その声に安心してそれだけでもセナは眠れるような気がした。
頭上で、セナより少しだけ低い彼の声がする。
その話は本当に、夢の中のお話。姫様は――王子様は――召し使いは――継母は――王様は――魔法使いは――他愛も無い童話に、その童話を普段大人っぽい彼が話しているというだけでびっくりした。
でも、(やさしい)ベビーピンクのセナのパジャマ越しに背中をぽんぽんと叩くしぐさがやわらかすぎて、涙が出そうになった。
ねえ陸、陸、もっと話して。いろんなお話をして。話が尽きたら作って。そうしてどこまでも傍でお話をしていて。
子供じみた理想を、いつか口に出すことができたら。思いながら、セナはそっと目を閉じた。




陸はふと眼を開いて視線を下げた。月光がセナの淡い黒茶色の髪の毛を透かしている。
おんなじシャンプーの香りに胸が騒いだ。昔と変わらないベビーピンクのパジャマ越しに、セナの背中がゆるやかに上下しているのがわかる。
胸あたりに短い息を感じてかあっと顔が赤くなった。

ずうっと昔の話。思い出したのはついさっきのことで、陸はひたすらセナの背中を撫でる。やわらかに、あまやかに。
掌にやさしい温度を感じて、頬が緩むのを自覚せざるを得なかった。

あの時、セナが言った言葉。
(陸は物知りだね)(いろんなお話知ってるんだね)
あの時の、宝物を見つけたような笑顔に陸はなんだってしてやりたくなったのだ。話が尽きたら作ってでも、おまえの傍でずっと話し続けてやるから、だからかわりにセナもここから離れるなよ、とまるで呪文のように――言わずともセナは傍にいてくれたけれど。
それは赦しだったのだ。
背中を撫でていた手をそっとセナの頬に移動させて、するりと撫でる。そこに、一瞬だけキスした。
明後日は試合だ。それでもこうしてセナとここにいることができるのは、ひとえに先輩のおかげ。(でもこれはただの好意で、借りだとは思ってもませんからね)ここぞとばかりにあの早撃ちの上級生に心の中でつぶやいて、陸も目を閉じた。




夢を見た。セナが、うれしそうに笑って陸の手を掴む。
傍にいてね、という夢を。