背の小さい、華奢で、頭以外はからっきしそうなそいつは名前までひょろい王子のようだった。王子などは菜々子の絵本を大昔に読んだきり縁のないものなので、もしかすると全く別のものかもしれない。
「白鐘」
「ああ……堂島さん」
お疲れ様です、と社交辞令丸出しの言葉で返答をしてまた手元の資料に視線を落とす。数日前に要請を受けてこの署に来てからと言うもの、他の刑事と捜査協力をすることもなければ慣れ合うこともない。
僕は独自の捜査をします、そう言って単体で動き、稀に情報交換は行っているようだがそれも本当に極稀だ。少なくとも現場に出ていない刑事とはほとんど口を利いていない。本人曰く、実際に足を運んでもいない人間から情報を引き出しても無益なものでしかない、とのこと。理にかなっているかもしれないが、そうやって一匹狼でいるにはあまりにもひょろい。
別に刑事でもなんでもない、ただの探偵という頭を武器にする役なのだから体格のことを言及するのもおかしいかもしれないが、一応現場に向かうのだからそれなりの護身術を身につけておくべきではないのだろうか。こいつには、そういった筋肉というものが一切見当たらない。
「最近、現場付近でよく聞き込みをしてるそうだが」
「……ええ。情報の少ない事件ですから、何も知らないでは何の推理もできないでしょう。一応情報はいただいていますが、自分でもう一度聞き込みを」
「お前、自分の身は自分で守れよ」
護身術は知っているか、あるいは習っているか。そういった問いかけをすれば多少は心象も良かったかもしれないが、そううまくは言えない。言葉が悪くなってしまった件について何か言われれば謝ろうと身構えていると、白鐘の口から意外に穏やかな声が漏れた。
「それは大丈夫です。僕も一応、捜査に関わることで生じる危険性は理解しているつもりですから」
まるで言われ慣れている、とでも言わんばかりの返答。テンプレート的な言葉。確かに、この体躯を目にして俺と同じことを思わない人間がいるはずがない。ただのいち高校生であると言われればそれまでだが、危険な捜査に関わっているとなれば話は別だ。俺だけでなく、幾度もいろんな人間から言われたのだろう。
「残念ながら武術の嗜みはありませんが、改造スタンガンは所持しています。半径二百メートル以内には聞こえるように細工したベルもありますから、御心配なく」
SOSベルだったか、緊急時に慣らすものは確かに菜々子にも持たせている。改造スタンガンというものがどの程度のものかはわからないが、一般のものより強烈だということもわかる。だが、それでも心配してしまうのだ。ただでさえ、今家にいる、白鐘と同じ年頃の子どものことを思えば。
「……持っているだけじゃ、役に立たんからな。気をつけろよ」
「はい。わかってます」
そう言われることにも慣れているのだろう、するりとかわされたことに関して今度は驚きもしなかった。もう言うこともない。適当に声をかけてこの場を去ろうと思ったところで、そう言えばと思い出し胸ポケットを探る。
「白鐘」
「はい?」
小首を傾げる白鐘の、資料を持っている手の近くに取りだしたものを差し出した。捜査に向かった先で、娘さんにでもあげなさいと渡された小さいぬいぐるみだ。
「……これは……」
驚くでもなく、喜ぶでもなく、嫌がるでもなく、感情の読めない瞳がぬいぐるみを見る。本当にどうでもいい、興味のなさそうな目立った。どうしたんですか、と問いかけながらずっと視線はそこに向けているが、手を出す様子はない。
「娘にやれと言われてもらったんだが、二つはさすがにいらんからな。一応男もいるにはいるが、あいつは喜びそうにない。どうせやるんなら、まあ……お前のほうが適任かと思ってな」
「…………」
ほら、と言ってもう一度差し出したが、白鐘がこちらに向ける手のひらは僅かに嫌そうだ。受け取りたくない、とでも言っているような。
なんで僕なんですか、そう問いかけてくる白鐘にどう返せばいいのかわからず数秒思案する。家にいるあいつは本気で男というか、ぬいぐるみをもらっても菜々子にあげることになるだろうし、渡しても大して喜びはしないと思ったからだ。かと言って白鐘も喜びそうにない。
「まあ……言い方は失礼だが、お前のほうが女らしいからな。かわいい、っつうのか?こういうのは……」
「……ぬいぐるみをもらって、喜びそうだと……そう仰るわけですか」
「気分を害したんなら、すまん。いらないんなら、俺が持って帰る」
「ええ、そうしてください。申し訳ないですが、いりません」
きっぱりとそう言いきった後で、今日話をしてから初めて白鐘が微笑む。ささやかな笑みで、なるほど同僚が女らしい顔だと言ったのも頷けた。整っていて、小さい顔。もう少しゴツゴツとしていて顔も男らしければ、この警察の男社会でもうまく生きられたかもしれない。なよなよとして力のなさそうなこいつは、常に署内のどこかで肩身狭そうに生きているように見える。
それでは、と言って去ろうとする白鐘が、再びあの笑みを浮かべた。口の端をかろうじて持ち上げた程度の、自然なのにどこか不自然な笑顔。瞳は全く笑っていないようにも見える。
その瞳がまるで、屈辱だ、とでも言っているような気がした。
20110720 屈辱の言葉
かわいいって言葉に拒絶反応の出る直斗
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