「いえその、やはり車ですから長く走れるものがいいでしょうし、加速がしやすい車の方がなにかと便利ですし、走り出しとか、となるとスポーツカーもいいなと思ったんですけど、かといって長かったり大きかったりすると持て余しますし、ちょうど良いなと思ったのが、これしかなかったんです」

「長いから一言で」

「小さくてよく走るものをとお願いしたらおじいちゃんがこれを買ってきたんです」

「…………」

 だと思った。



 明日十九時にいつもの駅近くに来てください、迎えに行きます。
 というメールがきたのでてっきり駅近くで待ち合わせ、徒歩で、と思った自分の考えが甘かった。
 直斗が高校を卒業してすぐ、免許を取ったのは知っている。依頼であちこち駆け回るからとすぐに車を購入したのも知っている。だが、それを見たことはなかった。今まで会うと言えばお互いの住居のちょうど中間地点くらい、それも街中、ついでに徒歩だったもので。
 一応乗っている車の形だとか、走りやすさについては聞いていた。デザインが気に入っているとか、乗りやすいとか、そういうのも聞いていた。が、今になって思う、車種を聞いておけばよかったと。

 待ち合わせ時刻の数分前、単色で塗られた車の群れから二色に塗られた車がすっとこちらに向かって止まった。どうも見慣れない、自分では到底運転しないだろうなという車だった上に、待ち合わせた人物がそれに乗っているとはどうにも思えず、すぐに視線をそらしたのも悪かった。おまけに暗くて運転者が見えなかったのもある。数秒おいて、その車が数回ランプを点滅させたものだから、もしやこれはと思った時に窓が開いた。

「悠さん」

「え」

 危うく持っていたお土産を落とすところだった。呆気にとられて固まっているこちらを見た直斗が、「すみません、ゆっくりしたいところですけどここ駐車禁止なので、乗ってくれますか」と言って助手席を開ける。良かった右ハンだ、そう思いながら乗り込んだが、いささか狭い。足の間にお土産と荷物を挟み込み、片手でベルトを探す。

「すみません、僕にはちょうどいいんですけど」

 そうか、そりゃ直斗には、と思っただけでなんとか口に出すのは抑えた。未だに体格や身長について言及するとむくれるのは知っている。

「シートベルト締めました?」

「あ、うん」

「じゃあ行きますよ」

 がこがこっ、と音を立ててギアを動かす。ミッションときたか。
 スムーズに走り出した車が、上手にシャドウ、じゃなくて車道を進む。サード、トップあたりでエンジンの音が少し大きくなったが、気になるほどでもない。しかし、周りが見慣れた国産車、おまけに普通の車ときたものだから、どうもこの空間は落ち着かない。

「あの、直斗さん」

「はい」

「どこから聞けばいいのやら……」

「何をでしょうか」

 がこがこっ。ギアチェンジの音と、唸るエンジンの音と、まわりの音で思考が乱れる。いや、百歩譲ってスポーツカーはいい。それが国産でなくとも、まあ問題ない。特にミニなんて、イメージとしてぴったりじゃないか。おまけにコンパクトカーは直斗の好みにも合うだろう。だが、

「……なんで、オープンカーなの?」

「………………」

 うっすら浮かべていた笑みを固めること数十秒、のちに直斗の言った言葉が、冒頭のアレだった。

「僕もまさかと思いました、思いましたよ、でももう買っちゃってるんですよ、そしたら断ることもできないじゃないですか」

「それにしても国産の、いや例えば名前は一緒だし、マツダのロードスターとか」

「あれはちょっとイメージが合わないからダメだったそうです」

 イメージって。
 おそらくかわいい孫に似合うものをとうきうきしながら選んだのだろう、日頃の彼女のおじいちゃんっ子ぶりを見るとその様が容易に想像できる。何よりこども心を忘れてほしくなく、大掛かりな謎解きまで用意したのおじいさんなのだから気持ちもなんとなくわかる。ただ車の選択についてはちょっとよくわからない。

「いやべつに、2シーターオープンだろうが、6速ミッションだろうが、直斗が乗りやすいんだったらいいとは思うよ、うん」

「……僕がカスタム好きで、こまめな手入れも嫌いじゃないからとオープンカーに踏み切ったんでしょうが、さすがに度肝抜かれましたよ……ええ」

「孫思いダネ」

「ええほんとうに」

 免許をとってもう何年経つか、いやまだ二年ほどしか経っていないんだろうが、運転はとても上手だ。もともと機械系に強い直斗だ、運転上手でもおかしくはない。やる気メカminiを作ってくれたときからなんとなく、あらゆるカスタムが好きなんじゃないかとも思ってはいた。

「それにしても、なんでわざわざ……ビーエムなんて生涯乗ることはないだろうなと思ってましたよ」

「なんで?最近は国内にも普及してるし、結構乗ってる人もいるぞ」

「僕は新車を買ってくれると聞いたものだからてっきり手頃な、加速しやすいということはターボつきの軽だと思ったんですよ。外車なんて乗るつもりもありませんでしたから」

「夢が叶ったな」

「夢じゃないです」

 その割に運転する直斗の横顔はどこか楽しそうで、嬉しそうだ。住めば都とはちょっと違うが、乗れば都みたいなものなのだろう。
 ふと気になって走行距離を尋ねると、結構な答えが返ってきた。仕事で使っているのかもしれないが、それにしても多い。ひょっとすると結構乗り回しているのかもしれない。

「……それで、これからどこに行くんだ?」

「ああ、それを言い忘れてましたね。先日、おいしい洋食の店を見つけたんです。歩いていくには遠そうだったので」

「なるほど」

 いつもはちょっとの距離なら歩くのでこんなことは一切ないため不思議でたまらなかった。その理由に納得しつつ、また運転するさまを見る。手馴れたそのさまを見て、自分のほうが長く運転をしているはずだが、技術で負けているかもしれないとも思う。
 少しぼうっと見つめていると、直斗が信号待ちの合間にこちらを見た。なんですか、と小さな声で問いかけるので、なんとなく、と返す。高校を卒業してから、だんだん輪郭がシャープになって、体つきも大きく変わった。会うたびに、昔と今を比べる。比べてどうということはないが、なんとなく違うんだな、ということは毎度実感している。

「その、恥ずかしいです」

「じゃあ直斗が俺を見ればいい、それで相殺」

「なにがですか!」

 顔を赤くした直斗がこちらを睨みつけた瞬間信号が青に変わったので、直斗、と声をかけると慌てて発進した。焦っていたのか若干空ぶかしで、それも恥ずかしかったらしい直斗の顔がみるみるうちに赤くなる。以前と違うのは、調子を取り戻すのが少し早くなったということ。少し赤かった顔がいつもの色に戻ってきたあたりで、呆れたようなため息を吐かれる。

「……もう、変わらないんだから……」

 浮かんだ笑顔は昔と変わらない、優しくてやわらかいもの。甘えるような、甘やかすような声で、直斗がつぶやく。

「あなたといると、本当に……調子、狂いますね」











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