「あ」

「どうした、総悟」

見知った背中を見つけて沖田は呟いた。 その呟きに土方が目線を下げる。 そして沖田の目線の先を辿って、ああ、と納得したような息を吐いた。

「万事屋の」

「眼鏡君ですねィ。」

人名を発してやれと思っていると、沖田はぴたりと足を止めた。 何故歩をとめるのか。一瞬呆気に取られた土方は不意に唇から煙草を落としてしまう。
地面に落ちたのを見届けた沖田が、何事も無かったかのように煙草を踏み潰し火を消して、再び歩き出した。

「何だってんだ」

ため息をついて後を追う。
決して速くは無い歩調。新八に追いつくか追いつかないか。 沖田の心中が読めないのはいつものことが、今日に限ってそれに磨きがかかっていた。

「おい、総悟」

「静かにしなせェ、土方さん」

あんまり喋ってると顔にもいっこ穴開けますぜィ。
無表情に呟く沖田に、「おまっ、ちょっ、総悟、てめェ刀抜けエェ!勝負だゴルァ!」と土方は叫ぶ。

「静かにって…あーあ、もう」

あ?土方は視線を上げる。
先ほどまで前を歩いていた少年が、足を止めてこちらを見ていた。

「土方さんが騒ぐから気付いちまったじゃねェかィ」

このクソが。さり気に毒づき、沖田は歩を進めた。
自分より背の低い少年を見下ろし、沖田はどうもと呟く。

「どうも…。真撰組の、沖田さんと土方さんですよね」

「おや、名前覚えてくれてたんですかィ」

「印象が強すぎるんで」

些か驚いた感じの沖田を見、新八は息を吐いた。
沖田はいつにない表情で新八を見ている。土方はその沖田を見て首を傾げた。

「あの、何か?」

用事があるなら早く済ませてくださいと目で訴えている新八に、そうだなと土方は返す。

「おい、総悟」

名を呼んだ。が、沖田は反応しない。じっと新八を見ている。 じっと見られることに慣れていないのか、新八は居心地悪そうに身動ぎした。

「アンタ…」

ここで沖田が呟く。
それに反応して土方と新八が同時に沖田を見た。
沖田の顔は無表情だ。そこからどんな言葉が流れるのだろうと新八は少し目を細める。 夕陽を背負っている沖田が少し眩しい。

「今日は、体調が悪いのかィ?」

ぽつりと言われた言葉に、土方は眉を顰めた。

「はァ?総悟、そりゃ何だ」

それしきのことで意味のわかんねぇことしたのかよ。 と土方は片付けたが、新八ははっと目を見開いた。
それに反応した沖田が、やっぱりと口中で短く呟く。その瞬間、新八は見たことも無い無礼さで何も言わずくるりと体を逆方向へ向けた。
そのまま何も言わず逃走。

「あ?」

土方が呆気に取られるもつかの間。
沖田があっさりと追いつく。追いつかれる瞬間、ぐらりと新八の体が大きく傾いだ。

「おい!」

急いで土方も駆けつける。
勿論沖田が支えていたから地面に叩きつけられることは無かったが、それにしても苦しそうな顔をしていた。

「やっぱりなァ。いつもと違って歩き方がおかしかったし、何か呼吸の仕方もおかしかった」

…背中を見ただけでそこまで。
土方は沖田の洞察力に一瞬恐怖を覚た。これに毎日背中を狙われていると思うと背筋が薄ら寒くなる。
沖田の腕の中でぐったりしている新八は、眉根を寄せて荒い息をしていた。こめかみには汗が伝っているし、恐らく背中も汗でぐっしょりだろう。

「歩けるかィ?」

静かな声で問うと、ゆっくりと、とても緩慢な動きで首が左右に振られた。それを理解して沖田は新八を抱えあげる。

「ちょっと揺れるけど、我慢しなせェ」

「おい、どこ連れてく気だ」

明らかに万事屋の方向ではない方に向う沖田に、土方が焦って声をかける。
沖田は一瞬こちらを振り返り、当たり前とばかりに「屯所に決まってんだろがィ」と言った。 それを聞いて新八がばっと目を見開く。

「と、屯所は、駄目、です…!」

「あ?お前ェは連れてってくれる人に注文つけんのかィ」

勿論沖田は茶化して言っているだけだ。屯所は駄目だといわれたら屯所ではないところに行く。
じゃあとりあえず休めるところだなと歩き出した。



「ここからだと万事屋は遠いし、屯所じゃ駄目っつーならここらで我慢してもうらうしか無ェなァ」

着いた先は河川敷だった。
夕暮れだから子供もいないし騒音もないし草の上は存外心地よかったりする。 それを配慮してか、沖田はそこに新八を寝かせた。 新八は苦しそうに息をする。

「総悟、そいつどうすんだ」

「どうするも何も、意識がはっきりするまで介抱するしか無ェだろがィ」

「そりゃそうだがよ…」

第一そいつ、何なんだ。
病気というには症状が不思議だし、安全である屯所にも行きたがらない。

「とりあえず、汗でも拭くかねェ。お前さん風邪っ引きか?」

返答は無い。が、こちらを苦しそうに見つめるその目が否定しているような気がしたから、沖田は目線でそれに返しておいた。
額の汗を拭う。こめかみ、頬、首筋。背中に回ろうとしたところで、がしりと新八が沖田の手を掴んだ。

「お?どしたんだィ」

新八は荒い息を繰り返しながら、もう大丈夫ですと呟く。

「大丈夫なわけねーだろが。大人しく介抱されてろ」

「そういうわけには行かないんです」

意外に頑固な物言いに、土方の眉がぴくりと跳ね上がった。 しかし新八はそれにものともせず、寧ろ睨み返すように土方を見つめる。 そこへ山崎がやってきた。

「副長、持ってきました」

「ああ、すまん」

どうやら沖田が新八を運んでいる途中、山崎に連絡をして代えの服を持ってこさせたらしい。

「ほら、そこの眼鏡」

「いや新八です」

一応訂正、もとい突っ込みを入れる新八は、その着物を見て顔色を変えた。不思議がる沖田を見ながら、ゆっくりと後退る。

「新八ィ。風邪引きたくないんならさっさと着替えな」

早速呼び捨てにする沖田に何も返答せず、新八は黙りこくった。 それを見て土方は眉を寄せ、山崎は不思議がり、沖田はにやりと笑う。

「安心しな、お前ェの貧相な筋肉なんて見ても誰も笑わねェぜィ」

そう言い、新八の帯に手をかける。
着物の襟を掴んで開いた瞬間、新八が悲鳴を上げた。

「あ?」(土方)
「え?」(山崎)
「お?」(沖田)

「〜〜〜〜っ…!」

沖田が開いた胸元には、さらしで巻かれた少し窮屈そうな胸の谷間。
そして新八の真っ赤な顔。それを見た沖田が、ぱっと手を離して人差し指を新八に向けた。

「お前ェ、女…」

「わああああああ!!!」

今更隠したところでどうにかなるわけでもないが、思い切り新八は叫んだ。 そして着物の前を寄せて、ぎっと沖田を睨む。

「あー、なるほどなァ…」

人の谷間を見ておいて表情の変わらない沖田に、新八は目線を鋭くした。

「…それにしても、何であの銀髪の旦那に調子悪いって言わなかったんで?」

それを聞いて、新八がさらに顔を赤くさせる。逃げを許さない表情に押され、新八は小さく唸った。そして沖田に耳を寄せるよう手振りで伝える。

「ん?」

言われたとおりに耳を寄せた沖田に、新八がこっそりと小さい声で呟いた。

『だ…、誰にも言わないでくださいよ…。あれです、…せ、生理です』

恥ずかしくて涙すら出てきた新八に、ああ、と沖田が納得の言葉を呟く。
勿論遠めに見ている土方と山崎は何がなにやらさっぱりわからない。それ以前に新八が女だったことに対し呆気に取られている。

「なるほどねィ、それは、旦那には?」

「言ってません。…というより、僕が女って事も知りません」

その事実には多少驚いたようで、沖田が目を見開いた。

「あのチャイナにも?」

「神楽ちゃんです神楽ちゃん。…知りません。だいぶ勘付かれてはいますけど」

「へぇー…」

確かに顔は女顔だ。あの局長が惚れている妙と言う女性、眼鏡をはずせばあれにそっくりだろう。
今まで女とばれなかったのが不思議なくらいだ。それもひとえに突っ込みのおかげだろうか。

「てことは、それが痛くて動けなかったってわけですかィ」

「そうです…て何普通に聞いてるんですか。恥じらいくらい持ってくださいよ」

いつもはあんまり痛くないんですけど、ていうかそうじゃねエェ!何で僕は普通に喋ってんだアァ!
一人百面相を続ける新八を見て、沖田はくすりと笑った。
そして面白そうに新八を見て、こちらをわけがわからない目で見てくる土方と山崎に振り返る。

「じゃあ土方さん、一寸コイツを送ってきまさァ」

「え?おいちょっ、総悟オォ!何ナチュラルに腰に手ェ当ててんのオォ!!」

背後でやかましく叫ぶ声も完璧無視し、沖田は新八をひょいと抱えあげた。 そして驚いている新八を見て、いつもの怪しい笑みではなく、自然な笑みを向ける。
それに吃驚した新八に小さく笑い、万事屋ではなく、新八のナビで志村家へと向ったのだった。