「総悟、いつまで和んでんだ。見廻り行くぞ見廻り」
「うっせーやィ。俺ァ疲れてるんでさァ、休ませてくだせぇ」
「ふざけんなアアァァ!オラッ行くぞ!!さっさと立て!!」
ほのぼのした会話には似つかわしくない鋭い応酬を交わしながら、土方と沖田は(沖田はずるずると引きずられて)屯所を出て行く。
行く直前「新八はどうするんですかィ」と聞こえたが、今日は近藤が書類整備などをするらしいのでそれの手伝いでもしますと返した。
それを聞いて安心したような複雑な表情で沖田が引きずられていく。
「早く帰って来るよう頑張りまさァ。いってきやす」
「…いってらっしゃい」
どんどんと見えなくなるまで、新八は手を振り続けていた。
姿が見えなくなってから、さて、と息を吐く。
立ち上がって沖田の部屋の中を見回し、布団を整えてしまいこみ、少し整理整頓をする。
意外に綺麗な部屋だと思った。いや、言わせて見れば部屋に頓着が無いのか。生活感というものがあまり感じられなかった。
殺伐とした雰囲気が、すうっと風に乗って流れていく。温かい日差しに、ここは日当たりのいい場所なんだな、とかそんなことを考えた。
「やー、助かるよ新八君」
書類整理。
書類といっても許可証みたいなもので、近藤がぽんぽんと判子を押すだけのものだ。
その合間に新八がお茶を入れたり、部屋の掃除をしたりと雑用をこなしてくれるものだから、近藤はとても助かった。
「あ、お茶なくなりましたね。おかわりいります?」
「ああ、頼む。新八君はお茶をいれるのが上手だね」
「ありがとうございます」
しかも近藤は超がつくほどのお人よしなものだから、暫くここで手伝いさせてもらってもいいと言ってくれた。
土方も沖田も気が済むまでここにいろと言ったし(沖田は永遠にここにいなせェと言っていた)、本当に申し訳が立たない。
湯飲みを丁寧に持って立ち上がる。水を沸かさなければならないなとぼんやり思った。
いつになったら帰れるのだろう。わからない。
ただ、今はまだ。そもそも帰ることができなかった。
一礼して部屋を出た後、湯を沸かしに出る。日当たりのいい廊下を歩きながら、今日は布団干したらいいだろうなぁと考える。
そうだ、後で皆さんの布団を干させてもらおう。いろいろやっていたら沖田さんも帰ってくるだろうし、…何故一番に沖田さんを思い浮かべたのだろう。
廊下を少し歩調を速めて歩き、ついでに門の近くを見る。 誰かが立っているわけでもあるまいし、と苦笑して視線をそらした。
ふと、目の前がくらりと揺れる。立ち止まり、あれ?と思うが、なんでもなかったのだろう、次の瞬間にはもう普通の光景。
立ちくらみかな、と思いさっさとお茶をいれようと再び歩き出す。そのときだった。
「え…?」
ぐらぁり。
目の前が揺れて、自分の体が大きく傾いだ。
目の前の光景がぐにゃりぐにゃりとゆがんでいくのが見える。
そして一瞬目の前が真っ暗になった。そして同時に真っ白に。 おかしいな、と思う暇も無く、新八は気絶した。
「いってらっしゃいだってよ、土方さん。いいもんだねェ」
「お前は変態エロ親父か」
いつもと変わらぬ町並みを見ながら、2人は軽口を交し合う。
辺りは一般市民でごろごろしていて、黒い隊服を纏った2人はあまりにも目立ちすぎていた。
しかしそんなことには全く気にせず、2人は進む。見廻りと言っても平和なものだから、散歩に近かった。
「そいや、土方さん。今日の晩飯は何ですかねィ?」
「知るか。どうせいつもと同じメシだろ。て言うかもう晩飯の話かよ」
気が早ぇよ、と一応突っ込んでは見るが大して沖田は気にしない。どうせなら新八が作ってくれればいいのに、と小さく呟いた。
「…なあ、総悟」
「何ですかィ」
土方はポケットに入れていた煙草の箱を取り出すと、慣れた手つきでトントンと口を叩き、一本取り出した。 それに火をつける。煙を吐き出すと、視界が一瞬灰色に染まった。
「…あいつは何でここに来たんだ」
こことはつまり屯所を指す。昨日聞いた女であることを隠すというのは教えてもらえなかったが、これくらいはいいだろう。
沖田はぴたりと足を止めて、僅かに土方を見つめた。無表情に押される。
何だよ、と返すと、別に何でもありやせんぜ、といつもの飄々とした答えが返ってきた。
恐らく沖田も考えあぐねているのだろう。新八がいない今、自分から勝手に言ってしまっていいのかと。
「…まあ、新八も言いにくいだろうしなァ…」
ぽつりと呟くと、長い息を吐く。ただ単に話すのが面倒臭いのか、気が重いのか。土方にはわからなかった。
「土方さんは、あいつが女って事は知ってンでしょう」
「ああ」
「…それが銀髪の旦那にばれた。それだけのことでさァ」
「あ?」
何だ、あいつあの男に言ってなかったのか。
その言葉は一応口の中にしまっておく。そのほかのことを聞こうとすると、もう聞くなとばかりの視線が土方の目につき刺さった。 そこで土方は気付く。
いつもは何を考えているか全くわからない沖田だが、今回は何か違った。
感情が露出しているのだ。怒り、というものがありありと。そしてそれは殺気にも似た、肌をぴりぴりと撫でる感覚。「総…」言いかけたところで、それはしゅんっと消えた。
いきなり何だと思うと、沖田が見つめる先には向日葵。
「何だお前、向日葵好きなのか」
問いかけると、生返事なのか何なのかよくわからない、はっきりした声が返ってきた。
「好き、ですねィ」
その頃、神楽は定春と一緒に公園を歩いていた。
きっと家に帰ってあの糖尿危機の男は甘いものを食べているのだろう。そんなのより自分は酢昆布だ。
お腹がすいていないわけが無かった。朝から何も食べず新八を探しているし、万事屋にも帰れない。
しょんぼりうなだれていると、目の前を物凄いスピードで見慣れた男が走っていった。
「…あ」
いつも妙と一緒にいる、ストーカーもとい真撰組の局長だか何だかとりあえず偉い人間。
偉いわりにはすることがオカシイと毎回思ってはいたが、どうやら今日はストーカーではないらしい。
その表情があまりにも必死だったので、つい神楽は声をかけてしまった。
「おいゴリラ、何そんなに急いでるネ」
「!万事屋のチャイナさん」
今日はストーカーじゃないアルか、と聞くと、人は皆愛をうんたらかんたらストーカーよ、だとか何とか言っていた。
「そうじゃない!早く行かねば!」
「どこに」
「新八君が風邪で倒れてしまったから、薬を買いに」
「…!」
それじゃ、と言いかけて走り出した近藤の襟をぐいっと引っ張るとつんのめった近藤がきゅっと首を絞められ「ウッ」と唸る。
少し白めになった近藤に、神楽は低い声で問いかけた。
「新八、どこアルか」
どうやらかかりつけの医者が今日に限って体調を崩していたらしい。
隊士が私が行きますだの俺が行きますだの言っていたが、つい自分自身で買いに出かけてしまった。
その途中でまさかチャイナ娘につかまるとは思ってはいなかったが、娘も新八を探していたらしいのでまぁいいかと思う。
薬を買った後は、近藤はどこかの奴隷よろしく神楽に主導権を握られ走らされていた。「もっと早く走るネ!!」と急かされる度俺はもう年なんだよと呟く。
気がつけばもう夕暮れ時だった。この様子だとそろそろトシや総悟が帰ってくる頃だと考える。
案の定だった。道行く先に見慣れた背中が2つ。
それに気付かない神楽は「どけぇぇ!」といつにないテンションで叫んでいた。
それに気付いた2人が振り向く。
「あっ、チャイナ娘」
「どうしたんだ、近藤さん」
キィっと急ブレーキをかけた近藤にしがみついた神楽のせいで、近藤の髪の毛がぎりりと引っ張られる。
「さっさと退けよガキと瞳孔。私は今急いでるネ」
「あぁん?んだとコラ」
最早沖田はガキと呼ばれたことに何も思っていないのか土方と神楽の応酬を見ている。
それより、と近藤に話しかけると、思い出したように近藤が声を荒げた。
「そう!新八君が熱で倒れたんだ!」
『!!!!』
沖田が目を見開くと同時に既に瞳孔の開いた土方が振り向く。
じゃあ争ってる場合じゃねえ、と呟き、皆走り出した。
「…」
新八は目を開けた。
ぼんやりとした視界は真っ赤だ。何があったんだろう、と考え辺りを見回すと、障子の隙間から漏れる夕陽だった。
ああ、もうこんな時間か。それにしても体がだるい。
傍には先ほどまで誰かいたような気配。頭の上に乗せられた濡れタオルが冷たいのが、何よりの証拠だろう。
新八は無言で起き上がる。驚くほど静かで不気味で、何故か悲しくなった。
誰も、いないの?
誰か、いないの?
「……」
心細さと情けなさに、つうっと頬を涙が流れる。
あ、あれ、と思い拭うも、次から次へと涙が流れてきた。
「な、情けなっ…」
どうしたんだろう。こんなに淋しいと思うなんて。
自分とはこういう生き物だったかな、と改めて考えた。
『新八…』
「え?」
声が聞こえた気がした。
誰の声かはわからない。1人の声だったような気がするし、大勢の声だったような気もする。
「…気のせいかな」
頭駄目だな、僕。
上半身を起こしてタオルを押さえつける。
と、急にガラリと障子が開いた。
「!沖田、さん」
沖田だ。
走ってきたのだろうか、珍しく息が乱れていた。
そしてその表情は今までに見たことの無い、焦り。
びっくりしてどうしたんですか、と聞こうとすると、沖田の腕の下からにょきりと見慣れた頭が飛び込んできた。
それは半ばタックルするように新八の上半身に抱きつく。
「神楽ちゃん!?」
びっくりした。何故ここが解ったのだろうか。
あまりにもぎゅうっと抱きしめるので少し息が苦しかったが、小さく肩が震えていたのできゅっと抱きしめて背中をぽんぽんとさすってやった。
「新八ィ」
「…ごめんね」
するとなだれ込むように土方と近藤が。2人声を重ねて、『ちょっ、おまっ、何で泣いてんのオォォォ!!?』と焦っていた。
そして最後に山崎が。どうやらタオルを代えてくれたのは山崎だったらしい。
「新八君、大丈夫?」
「あ、はい…」
ああ、にぎやかだ。
先ほどの寂しくて仕方なかった感情が、もうどこかへいってしまっている。
ついうれしくなって再び涙を流してしまい、視界がにじんだのでわからなかった。
そっと、沖田が部屋を出て行ったことに。
よろり、とよろめいて、沖田は柱にもたれる。
驚いてしまった。というより、恐怖を感じてしまった。
自分の背からこぼれる夕陽が新八を照らしたとき、一瞬それが血まみれになったように見えたのだ。
「…新八」
怖くて。
怖くて、怖くて。
手が震えて、何度も新八の名を呟いた。
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