RとLの事情










変な趣味、なのかもしれない。
任務で怪我をして、多少の擦り傷きり傷を作ってしまったあと、乾くのを私は待つ。誰でも待つ。
さて、乾き始めが難しい。吟味に吟味を重ねて、うっすらと張った膜を伸びた爪先に引っ掛ける。
少しだけ、目立たないようにつけた桜色のマニキュアを輝かせて、ぺり・ぺり。傷が痛まなければそのまま続けるし、痛んで痕になりそうであればそこでやめる。
どうやら今回は成功したらしい、痛みを感じない膝を数秒見つめて作業を再開する。
完全に洗いきれずに固まった肌は、いくらか砂色に汚れていた。爪の中に入り込んだ皮膚を取り除いてから広げた紙の上に落とす。
またそれを数秒見つめて、綺麗に折りたたんだ。近くにあった大きなダストボックスに放り投げて傷口から膿が出ていないかを確認し、絆創膏で隠す。
なにごとも無かったかのように立ち上がり、とろとろと部屋から出た。





「…変な趣味だと思う?」

首を傾げて問いかけると、彼はたいそう困ったように眉を寄せる。
返事に困るであろうことは予想していたが、予想以上の困りようだ。くすくす笑って、別に馬鹿にしてくれてもいいのよ、と言うと彼はぶんぶんと首を振る。

「いえ、そんなのじゃなくて!」

本気で困っているらしい灰色の瞳を覗き込んでから、またくすくす笑うと彼は馬鹿にされたかと思ったらしく少し目を細めた。
それから頬を僅かに膨らませる。「ごめん、違うのよ」言って、それから膨らむ頬に手を伸ばしかけた。
と、視界に入り込んだ白い包帯を見て動きを止める。私の視線の先を見つけた彼も、また動きを止める。

「怪我、したの」

「え…、あ、はい。ちょっと」

ちょっとと言う割には広い範囲で包帯が巻かれているのに気づいた私はひそかに眉を寄せた。頬からその包帯へ手を移動させつつ、どうして怪我したの、と問いかける。
転んだだけにしては他の部分が傷を負っていない、ような気もした。

――途端、疼く心臓。

私の、色づいた爪先が小さく小さく痙攣する。ああもしこれを、これを、はがしたら。壊したら。
考えながら、自分の考えたことに対してなんておかしいことを、そして魅力的なことを、と考えた。

「ね、ちゃんと消毒してる?」

「ぅ、え?してます、よ」

途端にうろたえだした彼を見つめて、私は淡く笑んだ。仕方ないわね、と口実を口にして手を伸ばす。もう指先にはあの、かさかさとした肌を引き剥がす感触が這っていた。
あと10センチ。あと8センチ。あと6センチ。5センチ。4センチ。3センチ。2――――「りーなーりぃ」間の抜けた声に私は動きを止める。
わかる人間にはわかる、冷徹な無表情を虚空に向ける。

「…ラビ。どうしたの?」

心の中で盛大に舌打ちをして、あと2センチで触れるはずだった爪先をひっこめた。膝の上に掌を乗せて、いつもと何一つ変わらない笑顔を浮かべる。社交辞令とはこういうものだとさながら見本のように、浮かべて。
この男と私は同じ属性に振り分けられていると思う。正直その事実はなにものにも換え難い屈辱であるけれど、やっぱり表面にはそれをおくびにも出さない。
私はいつでも、穏やかで優しいお姉さんを演じなければ。

「アレン、ちょっと俺リナリーと話しあるから、席外してもらえるさ?」

「…いいですけど、リナリーに変なことしないでくださいよ」

からりと微笑んで彼が部屋を出て行く。
それを笑顔で見送って、ラビも笑顔で見送って、ドアがぱたりと閉められた瞬間部屋の温度が多分0.3度くらいは下がった。

「…で、ラビ?おはなしってなぁに?」

あざとく白々しく問いかけてみれば、案の定無表情でラビは振り返った。
くすくす微笑んだ私の胸倉を掴まん勢いで顔を近づけ、とてもとても低い声で牽制する。「…アレンに触んな」その言葉の陳腐さと幼稚さに私はまた笑ってしまった。

「なぁに?アレンくんに触るには、ラビの許可が必要なの?ラビの所有物でもないくせに?」

剣呑な空気があたりを包んで、数秒沈黙が続いた。
この修羅場のような空気がすきなのかもしれない。微笑んだ私の頬を軽く叩いたラビは、きっとアレンくんには一度も見せたことも無いような悪どい笑顔で私をにらみつける。

「もっかい言う。…あいつに、触んな。おまえは危険なんさ」

「上等よ」


さあ、この腫れた頬をどうしよう?
アレンくんに泣きついてラビを糾弾してもらってもいいけど。これから先の出来事を想像して、私はふうわりと目を細めた。