これっぽっちも頭の中に素敵な言葉が浮かんでこない。

できればその言葉を聞いただけで頬が緩んでしまうような、そんな言葉を言いたいのだけど。生憎僕の頭の中のボキャブラリーがあまりに貧相で、喜ばす言葉よりは悲しませる言葉の方が倍以上に多くて、すっかり途方に暮れてしまうような、そんな僕の脳みそ。自分で自分自身に嫌気が差す。
態度で示せないから言葉で、言葉で示せないなら何で示せばいい?物で示すのは嫌だ。そんな、自分の力以外に頼るということがどうしても、どうしてか、許せない。おかしいな、普段の僕だったらこんなこと思わないのに。おかしい。おかしい。まあいいか、ラビに関することで僕がおかしくなるなんてさほど珍しい話じゃないし。ラビが近づいてくると、僕の何かしらの行動が普段とはかけ離れておかしいことになる。その原因はラビ曰く“俺が好きだから”らしくて、僕もそうなのかな、と思っているけど別段気にしないことにしている。
さて目下の問題は今日と言う日付。ラビの誕生日。言っておくけど僕は幼い頃からあの人外である師匠と生活を共にしてきたのだから、人に誕生日プレゼントをあげたことなんて勿論無いしそんなことに対しての知識も無い。女性にものをあげるということは師匠から入れ知恵されたけれど、男性に対してだなんて。さあ困った僕。

「アレンくーん」

「リナリー」

数歩先からリナリーが手を振っている。
ラビのことは頭から離して、とりあえずリナリーの元へ。彼女の手にはメッセージカード。黒地の紙に白い文字で、“ハッピーバースディ”と書いてある。
一瞬で、ああこれはラビのものだな、と理解した。リナリーの白い指が、それを僕の元へと運んでくる。「手が開いてる人に書いてもらってるの。これ、アレンくんのぶんね」そう言ってリナリーは去っていった。
手元に残ったメッセージカードを見つめて数秒思案する。ラビ、に、送る言葉。何を送ればいいのだろう。また冒頭の言葉に戻る。これっぽっちも頭の中に素敵な言葉が浮かんでこない!無難な言葉でラビが喜んでくれるとは――喜んでくれるだろうけど、嬉しい!と思えるほどは喜んでくれるとは思わない。だって僕だって、ありきたりにおめでとうなんていわれただけなら、ありがとうで終わってしまうから。嬉しいけれど、諸手を振って喜べるほどではないから。
どうしようかなぁ、とカードを遊ばせてみる。僕の手の中でカードがひらひらと回る。旅芸人をやっていた頃が頭の中にふっと流れて、そうだそれっぽいことでもしてみようかと考え付いたのだけど、それは別に言葉じゃなくて態度で、結局根本的解決にはなっていないということで、また考え込む。
ラビが、言ったら喜んでくれそうなこと。なんだろう?おめでとうと、生まれてきてくれてありがとう、以外で。僕の言える限りの言葉で、嬉しい言葉ってなんだろう?リナリーは、なんて言うんだろう。でもラビは、リナリーの言葉だったら何でも嬉しいんじゃないのかなぁ。僕から言われる言葉とリナリーから言われる言葉じゃ随分差が出るように感じる。だってリナリーは、かわいいんだもの。多分ラビってリナリーのこと好きだよね。うん。僕だってリナリーのこと好きだけど。でもそれはラビが好き、という感情とはまた違う“好き”らしい。うまくわからないって言ったらお子様だって笑われたっけ。

「あ、神田」

僕の視界数メートル先に佇んでいる神田。声をかけると途端に嫌そうな表情を浮かべたけど、そこまで露骨に嫌われるといっそ清々しい。神田の手には黒いカードが握られていて、ああこの人もリナリーからカードを渡されたクチだな、と考えつつ手を振る。勿論神田が手を振り返してくれるわけ無い。
神田の元へゆっくり歩いていくと、神田は「お前ももらってたのか」と呟いて僕の手元を見た。お互い、まだ何も書いていないメッセージカードを持って佇む。言葉ベタな神田にとって、こういうものは特に苦手な部類に入るだろう。しかも、恐らくメッセージカードは喜んで受け取ったとは考えにくい。リナリーにほぼ強制的に渡されたんだろうなぁ、と思いつつ溜息を吐く。

「…ラビが喜びそうな言葉って、何なんでしょうね」

「知るか」

「ですよねぇー………」

…聞くんじゃなかった。
自分で「言葉ベタ」だなんていっておきながら何聞いてるんだろう、と今更自己嫌悪に陥る。神田も神田でもうちょっと言葉を選べよ、とは思うのだけれど。この人にそんなもの求めるだけ無駄だったな、と思いつつもう一度溜息を吐いた。チッ、と舌打ちが聞こえて、神田が背を向けるのが気配でわかる。

「…お忙しそうなところを、邪魔してすいませんでし、た!」

吐き捨てるように呟いて、こちらも背を向けた。すると、「おい」声がかかる。肩越しに振り返ると神田はやっぱり背を向けていた。背を向けたままで喋るのがかっこいいだなんて誰が言った言葉だっけ。神田がやるとこ憎たらしいだけであまり格好良さは出ていない。

「…アイツは、テメェの言う言葉なら何でもいいんじゃねぇのか」

「……………」

そうなんですか?と聞き返したくてたまらなかったのだけど、僕が口を開くその前にいらだった様子で神田が歩き出したものだから、無言で見送ることにする。
ある意味、誰かからの気の入っていない一言より神田の言う言葉の方が信憑性があるな、だってあの人嘘つかないもん、僕に嘘ついたってなんのメリットも無いしねと考えつつ僕も歩きだした。
僕の言葉なら何でもいいのか。鵜呑みにしたわけではないけど、参考にしよう。何でもいいんだとすると、少しバリエーションが広がる。神田にお礼を言うのは少し癪だけど、ありがとう。









「…というわけで誕生日おめでとうございます今年もよろしくお願いします生まれてきてくれてありがとうとっても嬉しいそして大好きですよラビ!」

「あの、色々チャンポンになってるんだけど色んな意味で胸打たれるさ、これ素直に喜べばいい?いいの?」

メッセージカードにはあえて何も書かず、名前だけ表記して渡した。後になって確認の出来るような言葉では褪せてしまう。だったら記憶の中でずっと褪せないままのほうがいい。いざラビを目の前にすると言うはずだった言葉が全部ぶっ飛んでこんな言葉になってしまった。でも結構後悔はしてない。ラビの言った“俺が好きだから”発言を信じて言ったこの言葉は、さてラビにどういう作用を齎すのか。

「僕ねぇ、僕なりに考えたんですよ。ラビに喜んでもらえる言葉って何だろうって。そしたらすごく困ってですね、何が喜んでもらえるかなって。ねぇ今更ですけど何て言って欲しかったですか?」

「アレーン!おまっ、さっきの言葉ぶち壊し!台無し!そんな…言って欲しい言葉とか、別に、無いさ。アレンに祝ってもらえた、ってことだけでも、十分だしさー」

「…そうなの?」

見上げればなんだか困ったような、かすかに頬を赤らめたラビの顔があって。
僕は首を傾げたまま問いかける。ラビは頷く。神田の言葉が脳みそのどこかでよみがえって、僕に囁きかけた。

「そ、うなの!俺はじゅーぶんだから、いちいちそんなこと気にするんじゃないさ。ホラ、食堂行くぞ!」

僕の背中を押すようにするラビに、よくわからなくて首を傾ける。そうすると、ラビは数秒僕の顔をじいっと眺めたかと思うと「…やっぱお前は何もわかんなくていいの!」としかりつけるように言って視線をそらす。
結局ラビの言いたいことがわからなかったのだけど、ラビのあの瞬間の嬉しそうな顔を思い出すと、胸がきゅうんっとなって“俺が好きだから”という言葉がやたら鮮明になって、ああ確かにラビのこと好きなのかもなあ、と考えてみた。自分で大好きと言っておきながら不思議な発言だ。まあいいか。












あんまり祝ってないけど、おめでとう!