※新八♀
『こんにちは私。聞こえますか? 今、どこにいますか?三途の川ですか?向こう岸ですか?それとも、もうあの人の腕の中ですか? ねえ私、あなたは今幸せですか?生憎、私は今幸せではないのです。どちらかと言えば不幸せなのです。ちなみに私は不幸と言うよりは不幸せと言った方が好きです。気分の問題ですけれどね。 ねえ私、あなたは笑っていますか?無理に笑っていませんか。私は私だからこそわかるのです。あなたは無理に笑うから。あの人の前では無理に笑わないで、泣いてくださいね。思い切り泣いてください。泣いていてください。なんで私を置いていったの、どうして逝ってしまったの、って。そうして、あの人が素直に謝ったら、すぐに許してあげてください。あの人は不器用なりにあなたを大切にしてくれるでしょうから。 ねえ私、私は幸せでしたか?あなたにならわかると思うのです。私は幸せでしたか。私は私なりに精一杯今を生きていました、けれど、思うのです。私は幸せだったのでしょうか。あの人が傍に居てこその幸せではなかったでしょうか。あの人がいなくなってからの私は抜け殻で、どうしても幸せが探せなくて、つかめなくて、見つめる事もできなくて、作るものでも笑えるまでに回復するのは時間がかかったものです。 そんなことがあってもなお、私は幸せだったでしょうか。気になるのです。別に、今更幸せだったことを知っても意味が無いとあなたは言うでしょうね。私自身思っているのですから。それでも、気になるのです。知的好奇心が疼くのでしょうね。 ねえ私、向こうであの人は笑っていますか?もしかして、傷はそのままですか? あの人は死ぬ直前に、ひどい怪我を負っていましたから。あの姿は、見ているだけで泣きそうになるほどに痛ましいものでした。だから私は、あの人の傷がせめて向こうの世界ではなくなるようにと願ったものです。 神様も信じなかった私が。唯一、あの人だけは向こうの世界で待っていると信じて疑わなかったのです。 だって、最近よく家の中で歩く音がするんですよ。扉が勝手に開いていたり、あの人が使っていた草履が突然庭先に落ちていたり、あの人が大切にしていた刀が時折音を立てたり、夢枕にあの人がそっと立って、私の頭を撫でているような気すらしたものです。…ああ、失礼しました。これは、あなたも知っていることですね。だからこそ、私も追いかけようと思ったのですから。 ねえ、私。私はきちんと死ねましたか。常々考えていたのです。私は明日死地に向かって、けれど本当に死ねるのだろうかと。自分で自分の命を絶つことなど到底出来なかった弱い私ですから、せめて敵地に身を投じて死のうと、そう思っているのですけど。でも、私はきちんと死ねたでしょうか。敵の情けで生き延びたり、していないでしょうか。 できれば一瞬で、できれば痛みすらなければいいと、そんな甘ったれたことを言っていた私が、本当に死ねているのか。それだけが心残りです。心残りなどと、おかしいことを言いますね、私も。 ねえ私、私はきっと死にます。ですから、しっかりあの人のところへ行ってください。決して後ろ髪ひかれても、振り向かないで。振り払って、全てのことを、投げ捨てて、ただあの人のことだけを考えてください。そうして、三途の川を渡ったら、きっとずっと待っているであろうあの人の胸に飛び込んでください。そうしたら私はきっとすくわれる。 ねえ私、幸せになってください。死んでから幸せになれなどとおかしい言葉だと思いますが、幸せになって。それだけが私から、私に対する最後の思いです。どれだけ醜い姿を見せても、どれだけ泣いても構わないから。幸せになって。幸せになってください。そしてあの人をも、幸せにしてあげてください。 これだけが私の願い。これだけが私の最後の言葉。 ああ、もう日が暮れます。私は最後の夕餉を、作らなければいけません。今日は少しだけいつもより豪華にしようと思います。姉上が喜んでくれるように。そうしたら万事屋にも差し入れを持って行って、真選組の、あなたの上司と部下にも持って行きましょう。それをし終えたら、こっそり布団から抜け出して、遠い戦地へと向かいます。ねえ私、頑張ってくださいね。頑張って死んでくださいね。こんな言葉おかしいと思われるでしょうけれど。 それではさようなら。おやすみなさい。また会いましょう。さようなら。』 |