俺は全てを覚えている。
今まで何回日が昇ったか、何回日が落ちたか、何回ベッドから足を踏み外したか、何回人の死を見届けたか、何回泣きそうになったか、何回アクマを壊したか。いやというほど覚えている。俺の頭の中は厳重な金庫みたいになっていて、1億桁のパスワードを入れないと開いてくれない、それくらい厳重で、その中に屑みたいにどうでもいいことからトップシークレットまでの出来事がしまってあるんだ。
俺の頭の中に残る言葉は何でも残酷で綺麗で悲しくて、それを思い出さないように毎夜目を強く閉じる俺の体力はなかなか消耗。
今俺の目の前を歩く、アレンの髪の毛がはねていた回数だって口にして言うことができる。アレンが俺を真正面から見てくれた回数とか、俺の手を握って引っ張ってくれた回数とか、大嫌いって言った回数とか、大好きって言った回数とか、全部全部思い出せる。アレンの言葉はいつも残酷だ。残酷で、俺の心をチクチク突き刺す。俺の心臓はさ、鋼で出来てるんじゃないんだよ。だからアレン、そんな言葉言っちゃだめ。俺の中のやわらかい部分が、お前を拒絶しようと必死に突っぱねるのに、アレンはそれすら潜り抜けて俺の心を突き刺す。

「ラビ、死なないでね」

死なないでねなんて酷いよ、アレン。
俺たちに命の保証なんて無いんだ。俺たちが死んだとしても、それは仕方の無い事実なんだよ。それなのにアレンは、それを簡単に封じちゃうんだ。なあアレン、俺はきっと死ぬよ。それで、お前も死ぬよ。だからそんなこと言わないで。保証のできない言葉に対して俺は返事をする術を持たない。少し怒って、頬を膨らませる、お前の気持ちもわかるよ。だけど、嘘を言ったらお前は怒るだろ?だから。

「…ラビ、死なないでね」

俺が死なないよ大丈夫、お前を置いていくわけないなんていったところで、どうせアレン、おまえは安心なんてしてくれないんだろ?だったら嘘なんてなにひとつ言わないで真実だけを言ったほうが楽だ。お前のための沈黙なんだよ。わかってよ。そんな悲しそうな瞳で俺を見ないで。俺を見つめないで。それが何回目だかわかってんの。143回だよ。お前の小鹿みたいな瞳に、見続けられた俺の気持ちも考えてよ。

「ラビ、おねがいだから」

縋るように呟いたアレンに、ごめんと小さく返す。これが俺の優しさだから。アレンには今はわかんないかもしれないけど、きっといつかわかってくれるって、勝手に信じてる。アレンがきっとわかってくれるって信じてる。

「…がんばって、死なないよーに、するさぁ」

これで俺が死んでも、お前はきっとうそつきなんて言わないだろうから。結果的には俺の、俺のための優しさ。お前が言った、死なないでの数、俺はきちんと覚えてるよ。それから俺が答えるバリエーションの無い返事も、全部覚えてる。お前は覚えていないだろうけど、これだけ、これだけお前は俺に酷な言葉を言い続けたんだ。なあ俺ひどいかな。でもきちんとアレンのことも思ってるんだよ。アレンに優しくしたいって思ってる。それでもいつか人間は死ぬから、死なないでなんて矛盾したお願いに俺は一生答えることができない。






#011


優しさだけを斬り捨てて












20070828