まるで当たり前のように傍に居たから気づかなかった。
お前の狂気を宿した瞳も。時折見せる絶望した表情も。縋るように伸ばされた腕も。だってお前は巧妙に、それでいてあっさりと簡単に、全てを隠して見せてきたのだ。
俺の肩に顔を埋めて、俺より大きい体のくせして、まるで赤ん坊か小動物のように丸まって抱きついてくるお前。いつだってそうだ。定期的なわけじゃない。どちらかと言えば不定期に、それでも確実に1ヶ月に1回は、俺にそうして抱きついてきた。それは助けを請う動きだと、何故俺は気づかなかったんだろう。
なあ、いつか一緒になれたらいいなあ、って、お前は言った。そうだな。俺は夢を見すぎてたのかもしれない。あまりにも簡単に頷いて、お前と俺なら大丈夫だと、確たる証拠もないのに決め付けて、口にして。照れて顔を上げる事もできないで。なあお前はどんな表情をしていた?絶望していたのか。全てに悲しい瞳を向けていたのか。なあ、お手にはわからないよ。お前が口にしていってくれない限り、俺にはわからない。
絶望に近づいていく音があるとするのならば、それはお前の呼吸の音だ。まるで、過呼吸をするかのように大きく肩を震わせて息を吐いたお前。そんな苦しい呼吸をしながら、一緒だ、と言った。俺も俺でその呼吸が異常であることに気づいていながら無視した。なあ俺は外見は子供だよ。認める。子供だよ。それでも長い年月過ごしてきたつもりだ。心は大人のつもりだった。でも馬鹿みてえだ、俺は阿呆かってくらい子供だったんだな。周りを見ることの出来ない、クソガキだったんだな。なあ、今ならわかるよお前の気持ち。とめて欲しかったんだよな。とめて、それでもとまらなければ、殺して。お前の幼馴染と俺を裏切ってまで、あいつについていく必要が何であったんだよ?それだけ教えてくれよ。お前はそれで幸せだったのかよ。
あいつがいなくなってから俺の幼馴染は蝉の抜け殻みたいになっちまって、無感情で白くて動かない、そんな人形みたいになっちまった。俺はどうなんだろうな?いつもと何も変わらないし、当たり前のように表情が作れる。心の底から嬉しい事なんて無いけど、それなりに楽しいと思えることだってある。なあ、俺は一体どうなってるんだ?俺は本当にお前が好きだったのか?もし本当に、心の底から手放したくないって思うくらい大切だったんなら、俺の幼馴染のようになっても、いや、なるのが当たり前だったんじゃないのか?
俺の傍に居るだけで幸せだってお前は言ったけど、それには俺も言えることだったんだよ。お前の傍が一番好きだった。空気みたいな、って表現したら馬鹿にしてるように取られるかもしんねえ。でも、それが一番正しい表現なんだ。空気、は、傍に居ても何も変わらないっていう意味じゃねえぞ。いなかったら呼吸が出来ねえってことなんだよ。なあ、お前がいないと呼吸が出来ないんだ。いつもみたいに部下に説教できるのに、いつもみたいに怒鳴れるのに、いつもみたいに剣は振るえるのに、いつもみたいに眠れるのに、うまく呼吸ができないんだ。抜け殻になるわけでもなく、表情が作れなくなるわけでもなく、毎朝うなされるわけでもなく、当たり前に過ごせるのに、ただ呼吸が出来ないんだよ。
俺はお前の幸せになれてたか?
なれてたらお前は俺の傍からいなくならなかったよな。なあ俺は一体お前にとっての何だったんだ?おもちゃ?暇つぶし?ただの友達?――それはないにしても、何だったんだ?俺にとってはお前は幸せだったよ。恋人とか、そういう言い方は気持ち悪ぃしそんな言葉じゃ俺たちは計れない。けど、俺にとってのお前は幸せ、だったよ。大きすぎる、俺には勿体無いくらいの幸せだったよ。お前にとっての俺が何であろうと、俺にとってのお前は。
だからお前がいなくなった今、俺の手元には恐怖しか残らないんだ。なあ、俺はこのまま、うまく呼吸も出来ないまま、お前が近くにいないまま、いつもどおり生きていくんだろうか。なあ、お前にとって、俺は。
(おまえがいなくなったこと、受け入れてないだけなのか。)
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