まさか俺がお前の始末をすることになるなんてな、と呟いた。お前はふっと笑っただけで、腰を浮かせる様子も、反撃しようと刀に手を置く様子も無い。そんなことをしなくても俺を殺せる手段を持っているかもしれない可能性も頭の隅に置いているのに、こんな時になっても、俺は気合を入れることができなかった。
「できれば首をスパンと落としてほしいなァ」
のんびりした口調で俺の刀を指差し、自分の首に指を持っていくお前。そのひょろいくせに逞しい喉が嫌いだった。喉仏がひくりと動く。泣く予兆のようなその動きに俺の目元も少し緩んだ。
お前は本当のお前なんだろうか。お前がついていった男は幻を見せることができるという事実が公になっている。今俺の目の前にいるお前は、幻なのか本物なのか。できれば本物であってほしい。にせものに泣きそうになっただなんて事実俺は認めたくない。だからこれは本物だと思い込むことにする。
「痛いのきらいなんや」
知ってる。
お前はそれから、ぐい、と袂を広げて胸をあらわにした。いや、性格に言えば首もと、かもしれない。首周りのスッキリしたお前の肌はやたらとくすんでいて、不摂生を繰り返したな、と頭の隅で考えた。
「死ぬ前に話したいこと、あるん。言っても、ええ?」
言えよ、と促せば、お前は笑う。
俺の目を見て俺の心を鷲掴みするような、その表情を俺はどう受け止めればいいんだ。向ける刀に力をこめればいいのか。後悔しないくらいに、強く、強く。骨にすら引っかからないように、力の限り刀を押し込めばいいのか。
あいした、おまえを?
「なあ、しろ」
しろい俺の髪の毛に触れて、まるで子猫をあやすみたいにキスを落とす。そういえば俺は猫みたいだとお前は言ってたっけ。猫なら、よかったのにな。猫なら、よかったのに。お前を殺すことだってできない。する必要もない。
「僕、きみを、愛せてた?」
離れた指が俺の頬を撫でた。
それから刀を自らの頚動脈に誘導して、押し当てる。はやくしろと、言うように。愛せてた?なんて、ばかげてる。十分すぎるほど愛はもらったというのに。涙すら、水道のように流れているのに、この顔を見てお前は愛せていなかったとでも、思っていると、言うのか。
「…ばかやろ」
呟いて、柄を持つ手に力をこめた。プチ・といやな音がしてお前の皮膚が破れ、まあるい血が流れ出す。おまえのこと、好きだった。愛してたって言葉も、似合うくらい、大切にしてた。愛してるなんて言葉は言わなかったけど、心の中ではずっと言えたらいいって思えてた。
「僕は、きみを、あいしてた」
お前は自分の指でさらに刀を推し進める。脈に触れた、刀が少し跳ね返った。遠まわしにもっと力の限りやれとでも言っているように。なあお前、何を言うつもりなんだよ。俺を、お前の後を追いかけさせるために、何かを呟くとでも?――言えよ。俺は聞いてやる。
「それから、これから、も」
にこり。
その微笑のまま俺はお前の首を落とした。馬鹿みたいだな。溢れる血液は幻みたいじゃなかったよ。俺の口から零れるさよならの言葉がお前に届いていたらいいのに。そして俺はきっと、お前の後を追って新しい言葉を紡ぎだすのだ。
|