「悩んでるよーですねェ青少年」

「うわ……」

「なかなかに傷つく顔ですぜそれ」

目の前に座る、たいして年の変わらない少年。ささいな身長差で俺のほうがまだ高いにしても、さすが発展途上というか、しばらく見ないうちにがっしりした肩幅、筋肉のついてきた腕、精悍な瞳。人間ってのは変わるモンだ、と思いつつ隣に腰を下ろす。
もう日が傾きかけていて、赤い色が街行く人間を照らす。雑踏で呼吸の音が掻き消された。隣でじっと赤い太陽を見つめ続ける少年は、その光を反射させたまま微動だにしない。

「俺で良かったら聞きますぜィ?」

「なんか後々怖いんでいいです」

全くこちらを信用していない口ぶりで、苦笑するしかなかった。
呼吸の合間にこっそりと長い溜息。少年の悩み事だなんて、頭の中に浮かぶのは彼の糖味覚の上司か、宇宙の胃を持つ娘くらいしか浮かばないのだが。家計が苦しいのか、それともまた違う問題か。いずれにしても、俺に手伝えることは無いし手伝おうと思う気すらしない。
気まぐれで悩みを聞いてやろうと思ったのにこの口調では、その気まぐれも鎮火してしまうというものだ。

「沖田さん、ひとつ質問してもいいですか?」

「場合によっちゃ金取ります」

「………」

「冗談ですぜ」

至る言葉を本気で受け止めるこの少年はなかなかに面白い。
稀少な突っ込み役だからとか、そういう理由ではなく。いちいち些細な一言にも反応して考えるものだから、飽きないのだ。それが、彼の上司や娘がこの少年にこだわる理由にもなっているのだろう。
少年はしばらく考えるようにして、苦笑を漏らした。年相応にはとても見えない、疲れきった笑顔。何が彼をここまで消耗させたのかと一瞬考えて、所詮自分に思い当たる節など無いので考えることを放棄する。

「沖田さんには、好きな人とか…いますか?」

「ハァ、好きな人かィ」

「そう、好きな人」

いきなり突拍子も無い話題で、一瞬反応が遅れる。
少年の、こちらを向いた瞳がやたら真剣で、ああ冗談じゃないんだな、ということをきちんと認識してから、頭の中を探った。好きな人。すきなひと。スキナヒトねぇ。

「いねーなァ」

「……早かったですね」

「心当たりがちっともねェ」

「…神楽ちゃんとか」

「俺ァロリコンになった覚えはありませんぜ」

「…ですかね」

一息に言い切ると、また少年の苦笑。
なんだ、じゃあ悩みは恋愛沙汰のことか。なんだか不思議な感覚がした。彼は、人一倍色恋沙汰とは遠い縁のように思っていたから。彼の姉や、その姉をストーキングする俺の上司、色町では金魚の糞みてぇに女がついてくる土方コノヤローに、なんだかんだで廃れた恋愛送ったことのありそうな甘党…そんな濃いメンバーに囲まれていたせいか、この少年だけは。そういったものとは、無縁のようにも思っていた。
改めてその横顔を見ると、まあ確かに、恋に悩む女にも似ている。ただ気になるのは、仮にこの少年が恋をしているとして、その恋愛対象が誰に向かっているのかということ。あのチャイナ…は、ありえそうにない。誰の目から見ても恋愛対象には入らないだろう。圏外も甚だしい。
所詮俺だって他人。俺の知らない間にどこぞの団子屋の娘に惚れないとも言い切れない。興味をそそられるようで実は全く興味が無い少年の恋を延々と考えていると、ふいに小さな声。

「僕だって、なんであんな人………」

言葉は続かなかったけれど、続く言葉は理解できた気がした。
じっと少年を見つめると、俯いていた顔を上げて少年がにっこりと笑う。いっそ清々しいほどの笑顔に、驚いた。かと思えば立ち上がって、ぱんぱんと丁寧に袴についた埃を払い、見下ろしてくる。

「すいません。わけわかんないですよねいきなり。僕、もう帰ります」

「……ああ」

それじゃ、と言って歩いていこうとするその背中に、一瞬手を伸ばした。
どうしてだろう。『慰めてやろうか?』だなんて、言いそうになってしまった。そんな馬鹿みたいな、いや、馬鹿だ。馬鹿なことを言うほど俺は向こう見ずではなかったはずで。迷いの無い足取りで歩いていく、急に小さく見えた背中を、じいっと見つめながら佇んだ。
ああ、俺、おかしいんだ。多分、感化されたんだろうな。きっと、どうせいつもの気まぐれ。深く考える必要もない。ちょっとおかしいだけなんだ。疲れているのかもしれない。帰らなければ。そして、今日あったことは全てすっかり忘れなければ。そうしたら、そうしたらきっと明日の朝にはいつもどおりの俺でいるはず。こんな、切ない、胸を襲う寂しい気持ちなんて、吹っ飛んでいるはず。

(抱きしめてやりたい なんて、)






#002


所詮は気の迷いなのです。












20070817