木の枝みたいにひょろ長くてかさかさとしている男の腕が伸びて首に引っかかり、引き寄せられるようにして男の胸に飛び込む。温かいかと聞かれれば間違いなく冷たいと答えるであろう胸元からは、なんの匂いもしなかった。
まるで小さい人形を遊ばせるように、俺の手首を握ってパタパタと動かす。力をいれずさせるがままにさせてやれば、次第に飽きてやめるだろうと思っていた。
けれど、構って欲しいのか純粋につまらないからなのか、手首をパタパタとさせるその無意味な行動は一向に止まらない。とめるべきかとも思っても、面倒なので放置する。別に、手首の関節が多少痛む程度で行動に支障は無いし。
振り返る気力も無いので膝の上に置いた書物にまた視線を戻した。誰が書いたんだか、私小説らしく、大昔の黄ばんだざら紙に達筆な字。当時の恋愛事情を日記風に書き連ねている。
「『私は彼女を愛していた』」
「……」
丁度目にしていた行がふいに耳元で音読され、集中していた世界を壊された気分になり、眉を軽く寄せた。勿論背後からはそんなものも全く見れないだろう。相変わらず空気を読まない、飄々とした声が続く。
「『愛していたから、殺したいとも思った』」
「『触れたいと思った。実際に触れて、死んでしまうかと思った』」
「……」
やっぱり咎めるべきなのだろうか。
実害…はあるといえばあるか、と思いつつまた書物に視線を落とす。朗読が気に入ったのか、手首の動きが止まった。それでも掴まれたままの手首を今度は自分自身で動かしてみる。
「あら。冬獅朗、してほしかったん?」
「別に」
まあ確かにそう勘違いされても文句は言えない行動をしただろうな、と今更振り返ってみた。
ついに朗読と手首を動かすという両方をやってのけたらしき男をじろっとにらみつけると、やっとこっち向いてくれただなんて本当に今更な言葉をかけられる。
パタパタと手首があおいだ。
「ずっとこっち向いて欲しかった」
「そうか」
「キスしたい」
「そうか」
「僕のこと好き?」
「さぁ」
「僕は君のこと好きやで」
「そうか」
「ずっと一緒にいたい」
「そうか」
「僕を裏切ったら君を殺す」
「そうか」
「冬獅朗」
「なぁ」
(「言ってること全部、嘘なんだろ?」)
耳元で囁くと男は笑った。
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